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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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 哀歌~切なくも揺るぎない歌声 Ⅱ

  <本日の主な訪問地>

 コンスタンチイノの花正目指して

テレビ塔


愛知巡礼二日目は「花正」に向かいます。
この名古屋人でも耳にしたことがない地名は、キリシタン時代には「岐阜」と並ぶ大布教地だったと記録されています。

その立役者はコンスタンチイノ(コンスタンチノ、コンスタンティノとも)とよばれる老人で ―― なんていう説明は後にして、と。

目の前には名古屋のシンボル、テレビ塔。幾度となく眺め、その下を歩きながら思っていたことは・・・よく思ってましたね。「世は虚しい」とか。ませてたのかな? それでは、思い出の詰まった名古屋の街を出発☆

木田駅


やって来ました、名鉄木田(きだ)駅。名古屋市のちょっと西にあります。

ここが「花正」の最寄駅。駅から北へ歩くとほどなくして花正交差点に到着。地名的にはこの辺りが「花正」ですけど・・・それらしき物が何もないです;;

それらしき物とはキリシタン時代を偲ばせる物という意味ですが、ここがキリシタン時代を代表する地だとは、住んでいる人も恐らく知らないんじゃなかろうかと。。村の古老とかならご存知なんですかね?


美和町マップ

花正

花正交差点

花正の風景

法光寺


花正の田園風景の中を、「こいつら何者?」的な住民の視線を受けつつ(余所者が来ることは珍しいのかも)歩いて行くと、10分ほどで法光寺に到着。

ここにコンスタンチイノの供養塔ではないかという石造物があるそうで。また改修の際に「切死丹宗門記」が本堂の屋根裏から発見されたのだとか。早速中へ入ってみましょう。

コンスタンチイノ供養塔?



仮称「コンスタンチイノ供養塔」は本堂の裏手の目立たない場所に、ひっそりと置かれています。説明板もなく、割とぞんざいに置かれているので、素通りしてしまう人が多いかと。というか、できれば注目してくれるな、という感じです。お寺の方はキリシタン関係で騒がれるのを嫌っているんでしょうか?

法光寺供養塔


正面に陰刻されたハート型が可愛らしい仮称「コンスタンチイノ供養塔」の周りには、明らかに上下が合ってない供養塔が散在しています。

ここは旧墓域に相当すると考えられているので、石造物の残骸が散らばっているのは当然なのですが、こんもりと盛り上がった小塚にはキリシタンの礼拝場所だったという言い伝えがあります。

昼間に野良仕事をし、夜になると祈りに来る隠れキリシタンの女性がいたという・・・。今ではそれを知る手がかりは失われていますが、そんな感じがしないでもないから不思議です。


法光寺

法光寺山門

法光寺本堂

コンスタンチイノ供養塔?

光照寺


法光寺から5分ほど歩いて今度は光照寺へ。
こちらのお寺には「キリシタン灯籠」とよばれる物が2基あるのだとか。

境内を隈なく見て回りたかったのですが、案内なしには難しいようだったので、「これかな?」という物を撮ってくるしかありませんでした。

もちろん案内板、説明板の類は一切なし。それでいながら、法光寺のコンスタンチイノ供養塔を意識したような石灯籠(ハートを刻んである)が本堂の前にどかんと置かれている(下に並んだサムネイル写真の左から2つ目)んだから、意味がわかりません。

最近の物だと素人目にもわかるのですが、お寺の名前まで彫られているのでオーダーメード。オーダーメードまでして何でこういう形で作ったんですかと、住職さんに意図を聞いてみたいです。

光照寺の屋根瓦


さて件(くだん)のキリシタン灯籠なんですが、案内板がないのでどれを指しているかはっきりわかりませんけど、本に載っていた写真から「これかな?」と思うのが、下の写真、右から2つ目の石灯籠。

でもこれ、いわゆる「キリシタン灯籠」の形態を取っていません。「キリシタン灯籠」とは「織部灯籠」のことで、キリシタンに関係があると主張する人がいたために、それが人口に膾炙してしまったのですが・・・。

しかし問題はそういうことじゃなく、この灯籠が全く「織部灯籠」の要件を満たしていないのに、なぜ「キリシタン灯籠」と呼ばれているのか、ということ。これが本当に「キリシタンゆかりの灯籠」だからそう呼ばれたと考えてもいいんじゃないかと、、、思っちゃいました。素人の考えかもしれませんけど。。


光照寺

ハート入り石灯籠

キリシタン灯籠?

境内の手水鉢

コンスタンチイノ屋敷跡?


光照寺に来たのはキリシタン灯籠だけが目的ではありません。

光照寺東側の畑地辺りにコンスタンチイノの屋敷があったといわれているので、そこが見てみたかったのです。

自分の屋敷(たぶんそんなに立派じゃない家)に祭壇を設け、人を集めては聖書の話をして、自主的に布教活動をしていたというコンスタンチイノ。

50代で仕事を引退して、普通なら隠居生活するところを伝道に身を投じて20~30年。600人ものキリシタンを生んだといわれています。並みの人にできることじゃないですよね。ここがその場だったんでしょうか。


コンスタンチイノ屋敷跡?

コンスタンチイノ屋敷跡?

コンスタンチイノ屋敷跡?

 花正の風景

花正の田園風景


真っ直ぐな道路以外は田畑と家屋、瑞々しい田園風景の花正を駅方面に向かいながら、コンスタンチイノと彼が洗礼を授けた信徒たちのことを思います。

コンスタンチイノは元々高山図書(高山右近の父で、洗礼名はダリオ)の家臣。図書が感動を受けてキリシタンとなり、その救いを家族や家臣にも受けさせたいとイルマン・ロレンソ(元琵琶法師をの日本人修道士)を沢城に呼び寄せた時に洗礼を受けた人の一人です。

城の中に設けられた聖堂の管理人を務め、2年後に城が敵の手中に落ちた時に図書に暇乞いをして故郷に戻りました。それが花正です。彼の伝道活動の特筆すべき点は、自発的にしたということ。誰かが命じたり指示したわけでもないのに、自分がそうしたしたくて行ったということが素晴らしいと思います。

美和歴史民俗資料館


宣教師が報告書で「fanamasa」と書いた「花正」の名は字名として残るのみで、現在は美和町(その後あま市美和へ)となっています。

歴史民俗資料館には法光寺で発見された「切死丹宗門記」(すごい当て字してるけど;;)とキリシタン灯籠があるというのでGo!

館内の展示は古地図と農家の様子の再現で、庭に置かれた石灯籠の標柱からは案内板が外されてました。でも「美和町史」がゲットできたので良かったです☆ 町出身の人物としてコンスタンチイノが挙げられていて、供養塔などを詳しく調べた報告などが載っています。感謝 (^人^)♪


古地図

農家の様子

庭の織部灯籠

庭の織部灯籠

庭の石灯籠

美和町史

法光寺の供養塔

コンスタンチイノの名が

たこ焼ブレイク


そろそろ頭と足が疲れてきたので、
地元の中高生御用達(なのかな?)のお店で
たこ焼ブレイク♪

昨日からずっとすっきりしない感じがつきまとっていてそれは何だろうと考えてみるに
「そこに行っても何もないから」だろうという結論に。

だから今日はもっとその感覚が強いです。
だって昨日よりももっと、碑とかそういうのがないんですもん。


それで考えてしまいました。
「私は一体何を求めてここに来たんだろう」と――。

碑や解説板が見たくて来たのか?
それとも郷土愛と自己満足のため?

ブドウ糖が不足しているのか、頭がよく回ってくれず
自分で自分の考えが読み取れません。
それでいて気持ちは興奮しているような・・・。
何かを「見つけた」という高揚感があります。

新幹線で帰るまでに答えが見つけられるんでしょうか。あ、たこ焼おいしい。。((〃 ̄ー ̄〃))ホー


 名古屋市内に戻ります

名鉄線に乗って


名鉄電車に乗って名古屋市内に戻ります。今日は15時台の新幹線で帰る予定なので、時間はあと2時間ほどあります。

お土産買ってご飯を食べて過ごしていたら、そのくらいになりそうだけど・・・。

夫と話して、もう一度栄国寺に行ってみようかということに。昨日開いてなかった切支丹遺跡博物館がもしかしたら開いているかもしれないし、それがダメでも近くに行ってみたい所があるし。金山駅で乗り換えて、地下鉄「東別院」駅に向かいましょう☆

名古屋市立平和小学校


小一時間で到着したのは、名古屋市立平和小学校。ここが来てみたかった所です。

この小学校は「東洋のシンドラー」と呼ばれる杉原千畝(すぎはら・ちうね)の母校(正確には平和小学校の前身である古渡尋常小学校の卒業生)。

杉原千畝はリトアニアの領事代理であった時に、ユダヤ人のために日本を通過するビザを発給し、多くの人の命を救いました。

ドラマなどでは人道的立場でそうしたと描かれていますが、杉原千畝はクリスチャンだったので、キリスト教の影響がなかったとは、私には考えられません。人を偉大にするのはその精神で、精神を高め強くしてくれるのはキリスト、なんて言ったら言い過ぎでしょうか。


名古屋市立平和小学校

名古屋市立平和小学校

ちうねチャイム

 切支丹遺跡博物館リベンジ

切支丹遺跡博物館



期待半分で向った栄国寺切支丹遺跡博物館ですが、今日は開いてました!! 住職の奥さんらしき人が展示室の電気をつけて見せてくれ、自慢の本堂にも案内してくれました。このキリスト教と仏教の合わせ技は何を意味するものなんでしょう? 深い意味はないのかもしれないけど。。


高札

展示品

展示品

展示品

展示品

展示品

展示品

展示品

展示品

高札

展示品

踏絵

キリシタン鍔

キリシタン鍔

展示品

展示品

展示品

展示品

展示品

切支丹遺跡博物館について

展示室入口

本堂の仏像

新幹線で戻ります


展示品は自由にカメラ撮影しても良いとのことだったので、ありがたくパチパチ(シャッターの音)。

キリシタン遺物という物をこんなにたくさん見るのは初めてなので、舞い上がってしまいました。

佐藤さんという方がコレクションした物を、キリシタンゆかりの地(というか殉教地ですけど)である栄国寺に寄贈してくれた物で、公開してくれていること自体に感謝せねばなりませんが、やや雑然とした感が。

冷静に考えると、キリシタンとの関連性が「?」だったりする物が多くあり、「キリシタン遺物」という物の線引きが難しいのだということを知りました。お礼を言って退館し、ちょっと急いで名古屋駅へ向かいましたが、無事新幹線に乗れました♪


虚しくないものだって・・・


1日半の名古屋巡礼でいろんな所に訪れたけれど
私自身が未熟なために
ずっと消化不良だった気がします。

キリシタンや殉教についての知識も
私という人間の器も足りないから
何かショックを受けているのはわかるのだけど
その正体をつかめないでいるような。

ただ一つ感じたことは
「何もない」所にも「何かがある」ということ。
深い祈りが込められた歌のように
私の魂に響いてくるものがあるのです。


切なくも揺るぎないその歌を
これからも追い続けていきたい、と思います。

もし幼き頃の私に言葉をかけることができるなら
言ってあげたいです。

「世の中は虚しいけど
世界には虚しくないものだってあるんだよ」と。
たぶんそのことを知るために
今日まで生きてきたのかと――。

すべてのことに感謝して・・・
(o^o^o)あ(o^-^o)り(o^o^o) が(o^O^o)と(o^.^o)う!!




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