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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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 神奈川タイムトリップ・ガイドⅡ


           横浜で仕事があったので
           その合間(待ち時間)に
           一人で待ち歩きすることにしました♪
           ヘボンさんの建てた教会に行ってみたくて・・・
           早速れっつごー (○゜ε^○)v


横浜開港記念会館


まずは横浜開港記念会館へ。このレトロな外観、前々から気になっておりました☆

1909(明治42)年に横浜開港50周年を記念して建設が決定され、1917(大正6)年に完成したこの会館は、大正期の貴重な建物として国の重要文化財に指定されています。

正面入口右手にそびえる塔はジャックの塔とよばれ、横浜名物の一つ。他にキングの塔とクイーンの塔が近くにあります。



横浜開港記念会館

横浜開港記念会館

ジャックの塔

内部


館内にはステンドグラスや油彩画などが展示されていて、ボランティアガイドさんによるガイドツアーも催されています。

この地は横浜町会所跡で、岡倉天心生誕地でもあるそうで、時代ごとの資料でその頃のことを学ぶことができます。

一番の目玉は建築と装飾で、大正レトロに浸るには格好の場所といえそうです。館内にはホールもあるけれど、カフェでもオープンした方が流行りそうな感じです♪



館内

照明

ステンドグラス

ステンドグラス

ステンドグラス

ステンドグラス

ステンドグラスについて


らせん階段

昔の地図

照明

岡倉天心生誕地


外国郵便創業の局


少し歩いて郵便局へ。

「日本初の○○」がたくさんある横浜では、「○○創業の地」といってもあまり珍しくありませんが、こちらは外国郵便創業の地だそうで。

一応記念にぱちりです☆
それくらい開国後外国と直接交流する地となっていたということでしょうね。とても活気があったんだろうな (□。□-) フムフム



横浜港郵便局

像も建っている


 海岸教会と開港広場♪


横浜海岸教会


さて4年ぶりにやってきました、横浜海岸教会☆

一緒に東京めぐりをしたM代が行った時には開いていて、牧師さんがたくさん話をしてくれたと言っていたのですが、今日はクローズのよう。

それでもまた来られてうれしいです。日本のプロテスタントの歴史があつーく起こった場所なんですから♪

龍馬を斬った男 今井信郎


この横浜海岸教会で忘れえぬ出来事の一つは、坂本龍馬を斬ったとされる今井信郎(いまい・のぶお)の改心です。

今井信郎は京都見回り組の一員にして、龍馬暗殺の実行役。典型的な幕臣で、榎本武揚率いる反乱軍に合流し、函館五稜郭に籠もって、新政府軍に徹底抗戦しました。しかし軍事力に勝る新政府軍に敗退、捕らえられて江戸に送られ、厳しい取調べを受けました。

その後旧幕臣は静岡に移住させられ、そこで謹慎生活を余儀なくされたのですが、今井信郎は牧の原でお茶の栽培を手がけるようになりました。そしてそのお茶を売りに来た横浜で、この教会に出会ったのです。今井信郎は考えました。「ヤソの宣教師を斬ってやろう」。

攘夷の血がたぎるまま、攻撃の機会をうかがうために教会に入っていったのですが、そこでキリスト教の説教を聞くようになったのです。

その時は日本牧師が説教していたのですが、耳を傾けるうちに今井信郎の心の中に変化が起こりました。「これこそが正真正銘の真理ではないか」――。静岡に帰った今井信郎は教会に行き、教理を学び、洗礼を受けました。

そして自らの心の在り方と人への接し方を悔い改め、真のクリスチャンとして生きようとしました。入植した村で開拓に農業指導に、肥桶を担いで粉骨砕身し、後には村長に就任したのでした。

一人の人の改心ではあるけれど、そこには大きな御心とドラマがあるのだと感じさせられます。私という人もまた・・・。そう思うと、やはり感謝と共に身が引き締まりますね☆



横浜海岸教会

横浜海岸教会

教会案内

礼拝案内


開港広場


横浜海岸教会の横には開港広場、その隣は横浜開港資料館です。

今は埋め立てが進んでここから海は見えませんが、昔はここが海岸沿いの陸地だったんでしょうね。

昔といっても今から約150年前なのだから、それほど大昔の話ではありません。ここ150年で日本はそれほど大きく変わってきたということなんでしょう。



開港広場

解説板

開港広場

開港広場

開港広場

開港広場について

解説板

解説板

開港資料館

開港資料館

開港資料館中庭

開港資料館


 開港の息吹を感じながら


横浜税関


開港の息吹を感じながら歩いて行くと、横浜税関が見えてきました。

地下鉄駅でもらったパンフによると、これがクイーンの塔というものらしいです。

作家の有島武郎のお父さんは横浜税関に勤めていたので、幼い頃有島武郎の一家は野毛山に住んでいたと何かの本に書いてあったのを思い出しました。


中学生の頃、有島武郎の「或る女」を読んで、すごい人間描写だと驚愕したのですが、大人になってからこの作家がクリスチャンなのに不倫して心中したことを知って、尊敬心の反動でどどんと暗い気持ちになりました。

やっぱり書くこと言うことよりも、行(おこな)ったことが一番その人を表しているように思います。行いで信仰を、自分の心を表していく人になりたいなぁ。


横浜正金銀行本店本館


つづいて横浜正金銀行本店本館へ。現在は県立歴史博物館になっています。

「歴史」と名が入っているので見学してみたいところですが、今回は時間の都合で省略。

外観だけで良しとします☆


入口

横浜正金銀行本店本館

解説板

解説碑


馬車道


ちょっぴり急ぎ足で向かうのは関内駅。その近くにある指路教会にだけは行きたくて♪

馬車道は文字通り昔馬車が通った道。今もステキなお店が軒を連ねていて、復元されたガス灯が開港期の様子をしのばせます。

この辺りは当時外国人居留地だったところで、外国人と見れば敵と考える日本人が多かったので、日本人から守る目的と、外国人の行動を制限しようとする目論見とから、関門が設けてありました。現在の「関内」という地名は、その関門の内という意味からきています。



復元されたガス灯

復元されたガス灯

ガス灯解説

馬車道の車止め


 ヘボンさんと指路教会


指路教会


15分ほど歩いて指路教会に到着。

ヘボンさんが建てていった教会です。

名前はヘボンさんが自国で通ったシロ教会からつけられました。

「シロ」とは「救い主、平和の王」を表す言葉。

1892(明治25)年に献堂されました。その頃横浜は12万もの人口を抱える大都市に発展していたので、ヘボンさんは火災で焼失する危険のない大きなレンガ造りの教会堂を建てる必要があると考えました。そのための資金はまだまだ日本の信徒たちからは集められなかったので、ヘボンさんはアメリカに一時帰国して、資金援助を求めるキャンペーンを行いました。

ニューヨークで病院を経営していた時代の友人らが資金提供を申し出てくれ、フランス人の建築家に頼み、ようやく建設された教会堂でしたが、せっかくの献堂式にヘボンさんは出られませんでした。

77歳になっていたヘボンさんはひどいリューマチを患い病床を離れることができなかったのです。そして同じくリューマチを患い、顔面神経痛にも悩まされていた妻のことを思い、日本を離れることを決意しました。

1892(明治25)年10月、夫妻は33年にも及ぶ日本滞在にピリオドを打ち、アメリカに帰国しました。
なのでこの教会はヘボン夫妻の置き土産。どこからか2人の優しい瞳が見つめているように感じます。



指路教会

指路教会

指路教会入口

指路教会

教会案内

指路教会

教会の鐘


神奈川県庁


てくてく戻って神奈川県庁へ。こちらがキングの塔というものです。

誰かがステキに名前をつけたんでしょうね。観光地めぐりには良いかと思います。

だけど横浜にはもっともっとステキな歴史がありますよ!と宣伝したいのは私だけでしょうか。

いえ、私も知らない歴史がまだまだあるから、もっともっと発掘していきたいです☆



経緯(いきさつ)というもの


その場所に行って、なぜ感動できるかというと
それは起こったこととか、関わった人物を知っているから。
そういう歴史的な事柄を知っているのとそうでないのとでは
雲泥の差があります。

またそれが、自分にとって関心のあるものである場合
その事柄はもっと輝き、衝撃を与えるものとなるのです。

そう考えると人は、
「経緯(いきさつ)の動物」といえるかもしれません。
経緯を知ってある場所に行き、感動を受け
それによって自分に新たな経緯が生まれるという――。

難しく考える必要はないけれど
今回、経緯というものを考えさせられました。
これからそれが私にとって大切なものとなりなそうな予感がします。
感謝して・・・(ノ^▽^)ノ~~~~『愛』






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