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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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 神奈川タイムトリップ・ガイドⅣ


           岩手から遊びに来た友人を迎えて
           こちらの友人と3人で横浜めぐりします☆
           もうリベンジとか再訪とかしなくていいよう
           今回は万全の準備をして行こうと思っています♪
           いざ出発 o( ̄ー ̄\)☆Let's Go!!



まずは横浜ランドタワー


残暑の衰えぬ街を闊歩して、まずは桜木町へ。ここから観光用の循環バスあかいくつ号に乗って横浜外国人墓地を目指します☆

前回坂道を上るのが大変だったので、今日はバスでチャレンジです。

横浜ランドマークタワーを見上げながらバスに乗り込むと、赤レンガ倉庫街などを経て山手へ。バスはちょっと混むけど、高い所から見られるし、楽で良いです♪



あかいくつ号

ゲーテ座跡

外国人墓地からの眺め


前回、前々回と中に入れなかった外国人墓地にも、念願叶って入苑 (^ー^)

協力金(200~300円)を納めて順路を進むと、開港期に日本で頑張ってくれた宣教師さんたちのお墓が並んでいます。



快楽亭ブラック

マリア像

サンモール修道会の修道女

修道女マチルド

エドモンド・モレル

鉄道関係

ホイーラー

イギリス公使館の医師

フリーメイソン

共立学園のクロスビー

共立学園のピアソン

排水溝

ブラウンさんのお墓


一番のお目当てはネイサン・ブラウンのお墓。ブラウンさんはバプテスト派の牧師で、ヘボンさんと一緒に聖書を訳したことのある人です。

このお墓は墓地の外からも少しだけ見えるのですが、墓碑銘までは見えないので、ちゃんと見てみたかったのです。

横浜外国人墓地は、あらかじめ定められた見学ルートを順路に沿ってたどることしかできないので、ゲート付近のものしか見られませんが、日本のために尽くした多くのキリスト教関係者のお墓を見ることができます。この人たちに感動を送ってくださった主のことも、思わずにはいられません。



ブラウン

解説

青山学院の宣教師

石碑

ダイアック

鉄道関係

鉄道関係者一覧

ウォルター

実業家

ラウダー

イギリス領事

YMCAのスウィフト

書き込み地図


見たかったお墓も目にして満足し、外に出ると、外国人墓地のボランティアガイドの人が、小走りに私たちを追ってきて教えてくれました。

「今日はそこの教会(山手聖公会)が開いているから、是非見てみるといい。それからトイレや休憩にはあちらのエリスマン邸がいい。無料だから」と。

まるで神様に指図でも受けたかのような案内っぷり(*゜.゜)! 感謝です♪


山手聖公会クライスト・チャーチ


それでやって参りました山手聖公会クライスト・チャーチ。ここも何回も目の前を素通りしてきて、入るのは今回が初めてです☆☆

静かな聖堂に入って行くと、(外国人の?)牧師さんらしき人が受付にいて、「どうぞー」と言いながらパンフレットをくれました。

内部は撮影不可だったので写真はありませんが、聖公会はプロテスタントだけれど少しカトリックのような雰囲気があって素敵です♪



聖公会の教会

入口

十字架の形

教会

エリスマン邸


続いて、ガイドさんが勧めてくれたとおりにエリスマン邸へ。

元町公園の中にある昔の洋館で、カフェのほか、ギャラリーとして貸し出しているスペースなどがあります。

ギャラリーでは写真展をやっていたのですが、私の同行者2人が受付のおば様方にファッションを褒められていました♪

「最近はそういうのが流行ってるのね。若い子はいいわねー」的な感じで。おば様方の意見に同調したくなる自分を見つけ、とほほと思いつつ、若い時にはきれいな服を着て、天にも人にも目を細めてもらうのがいいだろうなと思いましたヽ( ´ー`)ノフッ



エリスマン邸

元町公園

ベーリック・ホール


お次はエリスマン邸のすぐ近くにあるベーリック・ホールへ。ここは元牧師館だったところなので、見てみたかったのです。

門から入って行くと、何かのイベントでもしているのか、あちらこちらに花やリボンが飾ってあります (゜○゜)

なんだろーと、よく見てみたら、おお結婚式! それで着飾った人たちが集っているんですね。一応一般の人も庭までは入っていいみたいですが。

なんとかウェディングとか言って、レストランや洋館を貸しきったりするのがあるとは聞いたことがありましたが、まさか横浜市指定の歴史的建造物でまで・・・。そうやって経済的にも自立して運営していくことが必要な時代だということで、それに成功してるということですかね。



ベーリック・ホール

ベーリック・ホール

セント・ジョセフ・インターナショナル・カレッジ跡


自作の書き込み地図を持ってセント・ジョセフ・インターナショナル・カレッジの跡へ。ここからしばらく地味な史跡地(解説板とか何もない跡地)めぐりが続きます・・・(T▽T)

ここには1901年に創立されたインターナショナルスクールがありました。小学校から高校まで一貫した英語教育が行われ、横浜を代表するインターナショナルだったとか。

さきほどのベーリック・ホールはこの学校の寄宿舎として使われたこともありました。2000年に惜しまれつつ閉校し、校内にあったマリア像(横浜外国人墓地のサムネイルの2番目↑)は横浜外国人墓地に移されて現在に至っています。


捜真女学校跡


次は捜真女学校の跡。現在はユニオン教会という教会になっています。

捜真女学校はネイサン・ブラウンの未亡人 シャーロット・ブラウンが建てた学校。
最初は英和女学校という名前でした。

現在は神奈川区に移転し、捜真学院という学校法人となっています。

小学校から高校まであり、小学校だけが男女共学。開港期の女子教育を担った学校の一つということができます。


アメリカン・ミッション・ホーム跡


続いてアメリカン・ミッション・ホームの跡へ。こちらは普通の民家となっています。

1871年にアメリカ人の女性宣教師たちによって創立され、当初の生徒はハーフの十数名と日本人2、3人だけでした。

その後生徒数は徐々に増え、敷地が手狭になったので山手211番に移転。現在の横浜共立学園となりました。

あんなに大きな学校になっているし、場所的にも離れてないから、碑の一つでも建てて、宣教師さんたちのことを書いてもいいんじゃないかなと思いますが。。(゜ー゜*)


ブリテン女学校跡


次はブリテン女学校の跡。こちらも民家のようですが、洋館っぽい感じの赴きある家。

ブリテン女学校は1880年、アメリカ人の女性宣教師H.G.ブリテンが創立。当初は男女共学でした。

その後共学ではなくなり、1916年に南区蒔田に移転。

昭和初期に成美学園と改称しましたが、平成になって再改称し、現在は横浜英和学院に。やはり横浜で女性の教育を担ってきた歴史があります。



 坂道を下りながら


仁慈堂跡


山手周辺の散策を終えて、石川町方向へ坂道を下ります。この坂の名は代官坂。かつてこの地を治めた石川氏の屋敷が、坂の途中にあったからだとか。

さて、現在駐車場と民家、お店などがある所が仁慈堂の跡とおぼしき場所。仁慈堂は1872年にフランス人修道女マチルドらが作った孤児院です。

開港期の横浜は勢いがあって人口増加も著しかったですが、その一方で捨て子も後を絶たず、宣教に赴いた人々の心を痛めさせました。「ハイカラで最先端を行っていた」横浜の「暗」の部分にもまた、キリスト教関係者によって救済の手が差し伸べられていたと言うことができます。この孤児院には400人以上の孤児が収容され育てられていました。

また、サンモール修道会のマチルドは女子教育にも力を入れた人として知られています。現在の横浜雙葉学園の前身となる、横浜紅蘭女学校を開きました。

修道女メール・マチルドは97歳で亡くなり、横浜外国人墓地に葬られました(横浜外国人墓地のサムネイルの4番目↑)


代官坂


代官坂の途中に「石川」の表札とこの家屋を発見。門前には「代官坂」の解説板も置かれているので、ここが名主の石川氏の屋敷みたいです (*゜。゜)スゴイ

歴史的に特に注目したいのは、この家にペリーが来たことがあったということ!!

上陸したペリーが横浜村を視察した際に、この屋敷を訪れ、主人が対応したことが「ペルリ提督日本遠征記」に記されているそうです。

ペリーは敬虔なクリスチャンで、艦上でも礼拝を欠かさなかった人。日本にどんな御心があるのか、神はどんなご計画があって、自分をここに遣わされたのだろうか等々、もしかしたら考えたかも(何の史料的裏付けもありませんが)しれませんね☆



代官坂

おしゃれな街並

代官坂

教会もあった!

この辺にあるはずだけど・・・


さてこの坂を選んで下りて来たのは、仁慈堂もそうですが(石川氏の屋敷はまぐれ当たり)、ブラウンさんが建てた教会があったから。

そこに「日本バプテスト発祥之地」が建てられているということですが、、何も見当たりません (/_<。)ハゥ

諦めようと思ったその時、岩手から来た友人Sが平然とした顔で、「あれじゃないですか?」

でもSの指さす先はこんな感じ(↑)。「え、どこどこ?」と言いながら近寄って行くと・・・。


日本バプテスト発祥之地!


ありました!!
「日本バプテスト発祥之地」の石碑が!

ゴミ置き場とか各種の立て看板、電柱の陰になって相当見つけにくくなっていますが・・・。

でもちゃんとありました☆

でかした、S! 大快挙だよ(≧▽≦) 岩手からはるばる来た甲斐があったよ(来たのはSの方だけど)♪
ここにブラウンさんがゴーブルさんと建てた横浜第一浸礼(しんれい)教会がありました。

その後教会は他の場所に移転して、ここには石碑が残るのみですが、日本のバプテスト派も発展し、関東学院などの学校も創建して、現在も精力的に活動しています。




バプテスト発祥の地

付近

付近

代官坂


代官橋


興奮冷めやらぬまま、代官坂を下りきった所にある代官橋を渡って、向こう岸へ。

この川だと思い込んでいたものは、昔の堀。外国人居留地の掘割の跡です。居留地はそこに外国人を住まわせて、留めた所なので、昔はこの堀を渡って出入りすることは制限されていました。

その辺を外国人が歩いていると襲われたりする危険もあったので、武器を持った役人や、外国の兵も警備していたでしょう。



ヘボン博士邸跡


上を高速が通る、あまり景観がいいとはいえない通りを港方向へ行くと、数分でヘボン博士邸跡に到着。当時の居留地の端っこの辺りになります。

開国期に外国人が襲われた事件としては生麦事件が有名ですが、ヘボンさんはその被害者の手当てをした医師でもあります。

だから外国人だというだけで襲撃されるということを身にしみてわかったはずですが、誰かが病気で動けないと聞くと、ヘボンさんは往診にもしょっちゅう出掛けました。政府はスパイではないかと疑って、苦々しく思っていたようですが・・・。

人を助けることに対しては二の足を踏まなかったヘボンさん。こういう人を本当に勇敢だというべきなのだと思います。



ヘボン邸跡

ヘボン邸跡解説

クライスト・チャーチ跡


道を引き返す感じでてくてく歩き、聖公会の教会が最初に建てられた場所に。

言うなればクライスト・チャーチ跡ですが、現在は駐車場と怪しいホテルとなっています。

跡地を買った人がそこに何を建てようが法律に引っかかってなければ自由、と言えるとは思いますが、、、どうなんでしょうねぇ ( ̄へ ̄|||)


前田橋高札場跡


ほんの少し歩いて前田橋へ。中華街から元町の商店街へと続く大通りです。

現在も人通りの多い場所で納得ですが、この橋のたもとには高札場がありました。

明治政府が高札場に掲げた「五榜(ごぼう)の掲示」という禁止令の第三礼が、キリスト教の禁止に関するものでした。

1873(明治6)年、高札が撤去されるのと同時に、キリスト教を信じても処刑されなくなりました。なのでキリスト教解禁の噂を聞いた宣教師たちは、この前田橋の高札場に来て、高札が撤去されたのを見て、ようやくキリスト教を信じてもいい時代になったのだと喜んだそうです。

この辺りを歩いてみたのでなるほどと理解ができます。横浜の初期の教会(それが日本の初期の教会なのですが)はすべて、この橋から徒歩圏内。カトリックもプロテスタントもこの周辺で頑張っていたので、ここに来て喜びを分かち合ったかもしれません・・・ねっ☆



高札場跡

中華街

フェリス・セミナリー跡


前田橋からまた少し進んでフェリス・セミナリーの跡地へ。現在のフェリス女学院の元となった学校です。こちらはマンションになっていました。

初期の宣教師たちが命をかけて頑張った地は変転を経て、いろんな姿に変貌しているんですね。家などになっているのはいい方ですが、それでも物足りなさを感じます。

このマンションに住んでいる人たちも、昔聖なる思いで日本を目指し、当時は全くなかった女子教育の門を開いた人々のことを、知らないでいるのではないでしょうか。こういうことは誰がやるべきなんでしょう。。(*・ε・*)ムムー


 お茶して小机へ♪


ティータイム


随分と歩いて足は疲れましたが、お腹はそれほど空いてなかったので、石川町の駅でティータイム♪

日本キリスト教史のレジュメを切ってきたので(レジュメを「切る」って懐かしいっ)、思いっきり語りました(もちろん私が・・・( ̄∇ ̄;)ホホホ)

外から見ればちょっとした女子会ですが、中身はかなりディープな歴史談義。でも神様の愛を中心に語ったので、癒しの時間になったとも言えるかと・・・☆


スタジアムへ


根っこが生えるくらい話し尽くしてJRに乗り、乗換えながら小机駅へ。Sが見たいと言うスタジアムを目指します。

ワールドカップの時に横浜スタジアムと呼ばれていた競技場は、命名権を売り、現在は日産スタジアムとなっています。

近くにあるので何度も見たことがありますが、訪れるのは初めて。スポーツの施設って、私には縁遠いものの一つです。


日産スタジアム


同行者のA子(神奈川在住)によると、内部を案内してくれるツアーもあるそうな。

スポーツに関心の薄い私でも、ワールドカップは熱くなった覚えがあるので、ツアーで行けば楽しいのかもしれません♪


モチスパ


横浜駅でおススメのレストランを訊くと、A子がモチスパに連れて行ってくれました。あまり流行りものを知らない私でも、名前を聞いたことがあるのだから、きっと有名なんでしょう。

私だけでは連れて行けないスポットまで共に行けるように、今日は3人で回らせてもらったようです。モチモチの生パスタに感激し、ごちそうまでしてもらい、胃袋も心もモチモチに・・・( ̄▽ ̄=)♪



人にはいろんな人がいて・・・



人にはいろんな人がいて
興味を持つこともさまざまなので
ある人に出会うことで
一つの世界に目を開くこともあります。

私が何者であるかは
死ぬまで結論が出ないかもしれないけれど
私もまた一つの世界への扉のようになれたらいいな。

そんなことを感じた一日でした。
この日をくれた方に感謝して・・・∟□∨Ε...φ( ̄▽ ̄*)ポッ




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