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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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 ゴーゴー三多摩!その⑦

 お散歩気分で教会めぐりを♪


   今日は町田駅の周辺を歩きます。
   グーグルマップで見ていたら
   歩いて行ける範囲にもたくさん教会があったので☆

   町田ことばらんども再訪したいと思います。
   ここには遠藤周作の蔵書が寄贈され、保存されているのです。
   心に残る一日になりますように・・・♪



イエスは主!


町田駅で下りて北に向かうと、ビルの看板の中に「イエスは主」の文字を発見!

不動産屋の看板に追いやられて、存在感薄くなってますが・・・( p_q)

このビルの中にテナントみたいにして教会があるんでしょうね。訪ねてみる勇気はありませんけど、「イエスは主」だとする主張には賛成です♪

町田純福音教会


地図だとバプテストの教会があるはずですが、見つけられず、道を進んで純福音教会の教会へ。

確か韓国系の教会で、アメリカでチョー・ヨンギという牧師さんがテレビ説教していると聞いたことがあります。

韓国系だから、きっと「熱い」感じなんでしょうね。外観からはわかりませんが、私のイメージでは熱く燃えてる感じ、かな☆

《お詫びと訂正》
「純福音」という名称から、上記のように韓国系の教会だと考えてしまいましたが、スウェーデン人宣教師によって始められた教会だと教えていただきました。現在は単立ペンテコステ教会フェローシップ(TPKF)に属して活動しているとのことです。お詫びして訂正いたします<(_ _)>




教会看板

町田純福音教会

聖句

教会案内

カトリック町田教会


続いて来たのは、カトリック町田教会。

カトリックや聖公会の教会は、そこの信徒でなくても入ってお祈りできることが魅力です♪

それでは、お邪魔します (*゜v゜*)ノ

聖堂内


木をふんだんに使ったしっとりとした聖堂は、中に入るとややこじんまりした印象。
静かに祈りたい人に最適な空間です。

祭壇に向って扇形に広がる信徒席は、すべての栄光が主に向うように設計されているのでしょうか。

上部から差し込む光が、優しく十字架上の主を包んでいます♪


祭壇

天井

前庭

カトリック町田教会

教会案内

教会外観

教会の看板

 町田ことばらんどへ★

町田ことばらんど


15分ほど歩いて町田市民文学館、通称「町田ことばらんど」へ☆

遠藤周作は町田市に長く住んでいたので、周作の死後、遺族によって蔵書が町田市に寄贈されました。

ここではその蔵書に直接触れることができます。本の隅に書き込まれた丸みを帯びた筆跡にも感動しますが、書き込まれた言葉にも、周作の信仰や考えがうかがえて、とても興味深いです。


遠藤周作ゆかりの彫刻


ことばらんどの建物前に置かれた彫刻作品も、周作ゆかりのものです。

これは軽井沢にあった周作の別荘にあったもの。庭先にたたずむ周作の姿を見た彫刻家・二田原英二氏が、インスピレーションを受けて贈った自分の作品なのだとか。

世に遠藤周作ファンも多いですが、あまりここは知られていないよう。カフェ併設で企画展もあるので、本が好きな人はどうぞ♪



看板

建物

彫刻解説

町田ことばらんど


遠藤周作を語ったりしたら・・・

遠藤周作を語ったりしたら、私はいくらでも語っちゃいそうなので、ここは少しセーブ(たまには!)して、プロフィールだけをご紹介したいと思います (〃'∇'〃)ゝ


遠藤周作(えんどう・しゅうさく)

1923(大正12)年、東京生まれ。
幼年期を旧満州大連で過ごし、神戸に帰国後、11歳でカトリックの洗礼を受ける。
慶応義塾大学仏文科卒。フランス留学を経て、1955(昭和30)年「白い人」で芥川賞を受賞。

日本の精神的風土とキリスト教の関わりに問題意識を持ち、追求する一方、ユーモア小説やエッセイなども多数執筆。主な作品は「海と毒薬」「沈黙」「イエスの生涯」等。1995(平成7)年、文化勲章受賞。1996(平成8)年、病没。墓はカトリック府中墓地にある。



 ラストはプロテスタントの教会ヘ!


日本基督教団 原町田教会


少しだけ歩いて日本基督教団原町田教会へ。献堂から100年を超える教会は、たぶん三多摩地域で三つだけで、ここはそのうちの一つです。

原町田教会が設立されたのは1910(明治43)年5月。母体となったのは上溝浸礼教会というバプテスト系の教会でした。

上溝浸礼教会は信徒たちが自発的に教会を組織して発足するようになった教会ですが、この上溝地域で伝道活動をして教会設立のきっかけを作ったのは、川勝鉄弥という一人の青年でした。

川勝鉄弥は、宣教師バラから受洗した後、バプテスト派のブラウンから再受洗したユニークな人物。町田と相模原の伝道において、欠くことができない存在です。

川勝鉄弥は横浜浸礼教会から分離・独立した長後浸礼教会の初代牧師になったので、上溝から長後へと移っていくのですが、福音の種は残って芽を出だし、更に枝を伸ばして町田へ。

それから100年以上もの時間が経っているのですから、歴史とは一滴から始まった川が大河へと変貌するようなものだと実感させられます。たった一人の青年の思いが、そこで留まらず、大きなうねりとなっていったことにも感銘を受けずにはいられません。




原町田教会

原町田教会

教会案内

原町田教会

勝楽寺


原町田教会の歴史に感動しながら駅に向うと、目に入ってくるのが大きなお寺。横にそびえるビル状の建物は、お墓の塔です。

近年、都市化と墓地不足で、このようなお墓のマンションが目立ってくるようになりましたが、キリスト教界でも傍観していてはいけない気が。

「結婚式は教会で、葬式はお寺で」なんていう、欧米人が聞いたらびっくりするような日本人の宗教観は、すでに文化の域に達していて、ここから正すのは難しいようにも思えますが、「救い」という観点から見ると放っておくわけにはいかない問題です。

人は必ず死ぬのだから、お墓と死後の世界は、誰にとってもいつか必ず考えなければならない重大事。だから肉的にはお墓、霊的には死後の世界について、宗教は人々に対して真理を説き、安心して逝けるようにする責任があるのではないでしょうか。

巨大なお墓タワーを見上げながら、本来宗教は、お金では買えないものを与えるはずなのに・・・なんて、真面目に考えます。時代にそぐわない辛気臭い考え方だと言われちゃうかもしれませんが。




いつも考えるべきは


三多摩という、自分の生活圏を歩きながら、死についてばかり考えています。お墓ばっかりめぐっているからというのもあると思いますけど (^^;

死について考えて、私が世界の答えになるようなことを見出せるとは思えないので、どうしても個人的な見解にならざるを得ないのですが、生と死とは表と裏のようなもので、大きく見れば一体なのではないかと、最近とみに感じるようになりました。

生が死につながり、死は生から切り離すことができないものだということです。だから生きるということ自体が、死への準備であり、助走なのではないかと。肉体がなくなった時に、その人が生きた結果が出て、自分が生きたとおりの世界に行く、それが天国だったり、地獄だったり。仏教では因果応報といいますが。

それで私が今思うのは、今日という日を永遠のために生きよう、ということです。
パーソナルな結論を得ましたので、今日も感謝して家路につきたいと思います☆

愛愛愛愛>ヽ( ̄〓 ̄ヽ)≡(ノ ̄〓 ̄)ノ<愛愛愛愛
                           ・・・愛を振りまいて生きていきたいです♪





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