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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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 伊勢路を旅して ⑤


      今日は松阪とその周辺へ。
      この地にも長崎から流されて来た浦上キリシタンがいたのです。
      そして殉教地も。無知だったことを悔い改めつつ、行って参ります!


ローカル


今回三重に来たのはお墓参りのため。午後からは親戚の家を回って伯父伯母を車に乗せ、墓地へ行くことになっています。

でも午前中のうちに行ける所だけでも行ってみようと、どうしても外せない所をピックアップしました。まずは松ヶ島城跡へ☆ 随分とローカルな雰囲気ですが、この先にお城の跡があるんでしょうか・・・(゜ー゜*?)

松ヶ島城跡


私道か農道かわからない小道の先にありました、松ヶ島城跡!

キリシタン大名蒲生氏郷が一番最初に城主となった城です。

1584(天正12)年、松ヶ島12万石の城主となった氏郷は、翌年オルガンチーノ・ニエツキ・ソルヂ神父から洗礼を受けてキリシタンになります。一国一城の城主になったときにはすでにキリシタンになることを考えていたでしょう。

ここには松阪城を築いてそこに移るまでのわずかな期間しかいませんでしたが、人生の中で何度も思い出したのではないでしょうか。

初めての城、初めての国つくり、自分で選んだ信仰の理想・・・。若き侍 氏郷の面影をちょっとだけ感じられる気がします (゜▽゜=)♪


松ヶ島城跡

松ヶ島城跡解説板

松ヶ島城跡

松ヶ島城跡

高町


次は松阪市高町へ。松阪に殉教地があるなんて、絶句です。殉教者がいたことにも。「知らない」ってことが、とても残酷で罪深いことのよう思えてきます。場合によることでしょうけど。

現在の高町で、キリシタンのゆえに断斬されたのは、はかり屋九兵衛という人。松阪の大商人でした。実は「はかり屋」というのは屋号で、本当の名は鳥谷九兵衛。商人だけれど苗字帯刀が許されていたのです。

川辺


高町のどこで処刑されたのか、正確な場所はわかりません。参考にした本には「現在は家が建ち畑になっている」と書かれていたけど、大規模な土地改良工事がされたみたいなので、その本が書かれた時点からも変わっちゃっているかも。

断罪だったということなので、川べりにも来てみました。古い神社の跡があるのだけれど、この辺りがそうだったのかもと思ったりしました。何の根拠もなく。

いずれにせよこの周辺で、松阪の大商人(蒲生氏郷のした目玉政策の一つである私札発行を任せられた両替商)だった鳥谷九兵衛は、一家で断罪となり家督も絶えました。日野町(松阪の中心部にある)の邸宅は間口27間、奥行き39間の大きなもので、何不自由なく暮していけたはずなのに、キリシタンの信仰をやめよと命ぜられたときに、それだけはできないと棄教を拒否して死を選ぶとは・・・。

正確な場所はわからなくても、来てみたかったのです、高町。これだという物は何もないけど、風を感じられて良かったです。


高町


昔の橋跡

神社跡

和屋公民館


続いて和屋町へ。やはり松阪市内にあって、ちょっぴり村的な「町」。

農作業をしているおじいさんに尋ねて(正しくは「話しかけられて」。こういう村では見知らぬ人がいると「あんたさん誰かいな?」と問われるので、行きたい場所を告げやすい)和屋公民館に来ました。

ここから北へ60メートルくらい行った所が浦上キリシタンが収容された家のあった場所なのです。

浦上キリシタン収容所跡


昨日訪れた二本木に残された75名の浦上キリシタン(津藩預かりの155名のうち22名は大和古市に、58名は伊賀上野に送られたので)は、まもなく1~2家族ずつ藩内各地の庄屋に預けられることとなりました。

分散して預けられた先は約15ヶ村。個人宅なのでどこに誰が収容されたのか、よくわかっていませんが、三俣俊二氏の研究で判明した場所もあります。

その一つがここ。和屋村に預けられたのは深堀市松の一家でした。現在も個人宅なので写真を撮るのに気がとがめます(>_<) 殉教地とかもそう。裁判所とか公の施設になっているなら、史実なのだからとばしっと撮って、載せるけれど、個人の家となるとどうしていいのか迷います。

しかしやはり歴史は歴史。理解してもらいたいと思います。「気味悪がられて土地の値段が下がる」とか言って嫌がる人もいるみたいですが、それでも史実。歴史的な事実なのです。ただキリシタンに関しては、殉教というのはただの処刑ではなくて「天に栄光を帰して、自らすすんで命を捧げるもの」です。浦上キリシタンについても同じことが言えます。だから「呪われた場所」というのとは全く違うのです。

また津藩の浦上信徒への取り扱いはとても寛大なものでした。「打ちもせねば、叩きもせぬ。ただ利害を説いて・・・」というものだったと、「旅の話」(信徒らへの聞き取り調査がまとめられた本)に書かれています。各地の村に分散して預けられたのはおよそ1年間ほどで、その後信徒たちはまた二本木に再集結させられました。


 蒲生氏郷、初陣の地

大河内城跡


浦上キリシタンの「旅」(日本各地20藩への流配)の物語はこれくらいにして、次へと向かいます。午後の用事の前、最後に訪れたのは大河内城跡。

蒲生氏郷が初陣として攻めた城です。残っているのは石垣の一部と本丸跡の神社くらいでしょうか。解説板と碑がなければ山にある公園という感じ(実際子供用の遊具なども設置されているので^^;)。


大河内城跡解説

遺構

本丸跡碑

本丸跡

城跡から


信長配下の若き武将として頭角を現すようになる氏郷ですが、初陣を勝利で飾ってどんな気持ちだったのでしょう。

本丸を焼き尽くして帰ろうとする胸に、どんな思いがあったのでしょう。

人質のような格好で信長の城に行ったのに、文武両道と気質を見込まれて信長の娘を与えられた蒲生氏郷。

後には茶人としても認められていく教養人でもありました。だから知っていたでしょう、「諸行無常」の言葉を。城跡からは青い山々が見えます。


 夕方になって・・・

天然寺


伯父1人、伯母3人を乗せての墓参を無事終えて、夕方になりました。「お迎えが近い」「ボケ始めとるでな」等の発言が飛び交う平均年齢82歳のガールズトークは、私にとって束の間の癒しになりました。

親子の縁の薄い私には一番近い血縁者たちです。元気に長生きしてもらいたいものです☆

さて帰り道に寄ってみたのは天然寺。ここにあるというキリシタンの墓碑が見たくて訪れてみたのですが・・・、お目当ての物は見当たりません。本堂とか敷地内全体が新しい感じで石造物はありますが、墓石はないようです。カトリック団体の機関誌「聖母の騎士」の1971年4月号に寄稿された荒木徳五郎氏の文章を読んで来たのですが、やはり参考にする本が古過ぎるようで (;´д`)

長崎のキリシタンがなぜ?


ものすごく端折っていうと、荒木家は長崎の五島の家で、先祖である荒木長能が伊勢参りに行く途中客死してこの寺に葬られていると。そしてその荒木長能はキリシタンだったと考えられる。空襲の後も奇跡的に残された荒木長能の墓碑が天然寺に今もあるのだと。

禁教下だったため仏式に葬られているが戒名が「旧異宗珍居士」となっていて、この「旧異宗珍」がクイスチン→クリスチャン、つまりキリシタンだったのではないかと思うと、天然寺のご住職が語られたということで。

それでとにかく来てみたのです。でも1971年の情報なので、さすがに賭けだなーとは思っていたので、失望はしません。ただ「旧異宗珍」というのは、無知な私でも戒名としてちょっと・・・と思うので、見てみたかったんですが☆


天然寺

石造物

鐘楼

鐘楼の解説

四天王寺


日が暮れそうなので急いで四天王寺へ。本日のラストでございます。

ここには織田信長の生母 土田御前のお墓があります。歴代藩主の庇護を受けてきた大寺院らしい風格が漂っています。

売り出し中の霊園も盛況みたいですね。こういう広告とか見るたび、お墓って一体何なんだろうと思っちゃいますが。

信長の生母の墓


さてこちらがそのお墓。

信長とその兄弟、子孫たちには関心がありましたが、土田御前についてはノーマークでした。

三重県で晩年を過ごして亡くなっていたんですね。

浅井三姉妹(真ん中のお初だけがキリシタン)や織田信雄(キリシタン大名)は三重にいたから会ったりしてたかもしれませんね。信長も宣教師を保護していたので、少しは会話の中に出てこなかったでしょうか。キリシタンやキリスト教のことが。

当時の家族付き合い、特に戦国武将の家でのものがどんなものだったかは、よくわからないですけど・・・。


解説

藤堂高虎正室の墓

解説

四天王寺山門


         すべては過ぎて行くのだと


         今日一日過ごしてみて、すべては過ぎて行くのだと感じました。
         勝った武将も、負けて滅んだ武将も
         信仰を守った人も、信仰を捨てて現実を選んだ人も
         お金持ちも、美人も、武勇に優れた者も皆
         今はもうここにいないのです。

         今は笑っている親戚も、ぴんぴんしてる私だって
         あと数十年しかいられないのです、この地上には。
         だから無知を悔い改めつつ回ったこの日の終わりに思うのは
         自分がいつか行く世界について無知であってはいけないということ。
         日々の生活と永遠の、両岸を見ながら生きていかなくちゃ・・・☆







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