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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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美し国 宮城三日目

本日の主な訪問地


 ・大林寺
 ・カトリック米川教会
 ・切捨場霊場
 ・三経塚
 ・大籠キリシタン殉教公園
 ・カトリック大籠教会
 ・トキゾー沢刑場
 ・保登子首塚
 ・山の神

今日はキリシタン史跡巡りの旅☆

カトリック仙台司教区センター


今日は宮城県は登米市にまで行き、さらには南岩手にまで足を伸ばす予定です。お目当てはキリシタン史跡。去年(2008年)岩手に旅行した時、探しても見つけられなかった史跡にリベンジするつもりです。

まずは車を出してくれる友人と一緒に史跡めぐりをしてくれる友人2人と待ち合わせ。夫と私を加え、今日は5人で回ります☆

大林寺


最初に向かったのは高速を下りてすぐのところにある大林寺。キャッチフレーズは「韓国に一番近い日本の寺」!!

どういうことかというと、伊藤博文を暗殺したことで韓国ではヒーローとなっている安重根が最後に書き残した書のコピーがこのお寺に残っているからです。

日本の官憲によって逮捕された安重根が獄中にいたとき、その人格に感銘を受けた日本人の刑吏がいて、二人の間に敵味方を超えた友情が生まれ、安重根が死刑になる5分前にその日本人刑吏に書を書いて贈りました。

その書は刑吏の人が帰国後このお寺に預けたのですが、日韓の友好が深まったので、政府機関を通して韓国にその書を返したところ、それは韓国で国宝となったそうです。だから現在この寺にはコピーと石に書を刻んだ碑だけがあるのみですが、それでも韓国人が訪れるお寺となっているそうです。

そのことをネットで見て興味を持ったので、是非行ってみたかったのです。

安重根の書を刻んだ碑


これがその碑です。文字を見ると、ほんの何分後かに処刑される人の字とは思えないほどしっかりしているのがわかります。

監獄にいても尊敬を集めたというその人格と熱い愛国心が感じられます。生き方と言葉を残した人なんですね。

それにしても日本を憎んで首相を暗殺までした人が最後に友情を結んだ人物が日本人だったなんて、なんと不思議な縁なんでしょう。

罪を憎んでも人を憎んではならないということを、天が彼に教えようとしたのでしょうか。どういう意味かはよくわかりませんが、きっと意味があることだったのだと思います。


リベンジ!三経塚

宮城県を北上中


詳しい事情は「初めての東北旅行二日目~大籠」に書いていますが、前回近くまで来たはずなのにたどり着けなくて、「いつかリベンジしてみたいです」と悔し紛れに書いた場所があるのです。それが三経塚!

その後綿密に調べ上げ、「こうすれば行ける!」と新たなるプランを立ち上げ(そんな大げさに言うことはないのですが)、今回再び挑戦することになりました。「いつか行ければいいな」と思っていただけなので、こんなにも早く行けるようになって感謝です。

神様が導いてくれているのだと信じて出発します☆o(゜▽゜ヽ)(/゜▽゜)o レッツゴー♪

米川カトリック教会


米川の集落に入って、まず訪れたのが米川カトリック教会。

「無事見つけたい場所に行けますように」とお祈りするつもりだったのですが、開いてませんでした。

中には私が敬愛する只野淳氏が寄贈したキリシタン遺物があるので、是非とも見てみたかったのですが残念です。

これもまたいつかリベンジできるかもしれないので、将来に夢を残して出発することにします。
扉の前まで来られただけでも、うれしいです。

素朴できれいな教会で、青い空に白い十字架が映えていました。


綱木農村公園


やってきました綱木農村公園。
私のリサーチによるとここから登ったところに三経塚はあるはずなのです。

前回は「まさかここじゃないだろう」とスルーしてしまったのでした。ああ、先入観って恐ろしい。
のどかでいい感じの公園です。

綱木親和会館


こちらが綱木農村公園にある綱木親和会館。市民の憩いの場なんでしょうか。この日は開いてませんでしたが、新しくてきれいです。

この会館が建つ前にあった建物は、桐の木屋敷と呼ばれていて、取り壊した時には宣教師を匿ったと推測される隠し部屋が見つかったとのこと。

そのお屋敷、是非とも保存してほしかったです(>_<)

切捨場霊場


案内板に従って山に登って行きましたが、雑草が生い茂っていてほんとに道かなと思うような道です。

しかし到着しました、切捨場霊場。
キリシタン120人の首を切って処刑した所です。当時は山の中のさびしい所だったでしょうね。

今でもさびしい感じのする所です。


海無沢三経塚


さらに山を登って行くとありました、海無沢(かいなしさわ)三経塚。

切捨場で処刑したキリシタンの遺体を40人分ずつ三つの場所にお経とともに埋めたので、三経塚と呼ばれています。

海無沢はその中の一つ。あとの二ヶ所は案内人なしには行けないみたいです。


キリシタン殉教記念碑


何はともあれ目的を果たせて感謝です。ただ処刑地とか埋葬地とか暗い感じのする所にばかり、友達を連れてきてしまってちょっと悪かったかなという気が・・・。

友達もクリスチャンだからお祈りしたりして、何か感じているみたいだから大丈夫だと思いますけどね☆

ロザリオ坂を下りていくと、公園内にキリシタン殉教記念碑とモニュメントがありました。

「隠れキリシタンの里」として村おこししようとしている感じも、ちょっとだけうかがえます。

実際にあった歴史だから、その記憶が風化するよりはずっといいけど、あまり商業的にはなってほしくないかな。


キリシ・タンメン?キリシタン・メン?

キリシタンメン・・・。


お腹もすいてきたので、次の目的地に向かう前に道の駅・林林館(りんりんかん)に。米川の町にはあまり車をみかけなかったのに、ここは盛況です。さすが道の駅。私も大好きなのです♪

ここの食堂で一番の人気は森のキリシタンメンだそう。キリシタンとタンメンをかけたみたいです(駄洒落かいっ)

「東和町は隠れキリシタンの里です」と書かれています。


後藤寿庵の墓


キリシタンメンで元気になったところで、後藤寿庵の墓を目指します。ここも前回の旅行で見つけられなかった場所。後藤寿庵は伊達正宗の下にいたキリシタン武士。この地域のキリシタンの中心的人物でした。

今回は友達も一緒だったので、農作業中の人に聞いてくれたりして何とか見つけられました。

本やネットでは国道から田んぼの中をつっきって行ったところにあると書いてあったので、国道から見える場所にあるのかと思ってましたが、大間違いでした。

国道からは見えないのはもちろん、集落に入っていっても、建物や木の陰にかくれていてかなり見つけにくい所にあります。

地元の人に聞かないと、よそ者はたぶん行き着けません。「ここ難易度高すぎるよー」とぼやく私。この後更に難易度が高い所に行こうとしていることを、まだ知りませんでした・・・。


大籠キリシタン殉教公園

大籠キリシタン殉教公園入口


ここには去年も訪れたのですが、今回は友達に紹介するために訪れました。ただ碑だけが残っている場所ばかりでは飽きちゃうかと思いまして。

ここには大籠集落全体の様子がわかる展示があるので、とても勉強になるのです。

キリシタン殉教公園・資料館


大籠キリシタン殉教公園に着き、まずは資料館へ。キリシタンがいかに増えていったのか、又殉教の様子はどうだったかなどがわかります。

映像の部屋に先客の方達がいたので、展示室を見て待っていました。友達は食い入るように見てメモも取ったりしていました。

来てよかったー☆

館長さんが説明を・・・!


順番が来て私達も映像を見たのですが、映像が終わると同時に受付の方が入ってきて、「今館長が来まして、ご挨拶に参りますので、お時間いただいて申し訳ないですけど、少々お待ちいただけますか」とのこと。

しばらく待っていると館長さん(首藤さんという方)がいらっしゃいました。そして昔大籠の村には600人ほどの村人がいて、一人残らずキリシタンになったこと、そしてキリシタン弾圧で300人以上が処刑されたことなど、興味深い話を聞かせてくれました。

今では海外からもここを訪れる人が多いことを聞き、私も「私も去年来てよかったので、今回友達を連れてもう一度来たんです」と言ってみました。ここの近くにあるキリシタンの史跡にも行ってみようと思っていると話すと、予約すれば周りにあるキリシタン関係の史跡にも案内してくれる人がいるという話もしてくれました。

絵葉書と史跡地図をいただきました☆


映像室にある写真などを見て部屋を出ると、館長さんがパンフレットと地図、そして絵葉書のセット(資料館で売っているもの)を下さいました。

「これ、もらっていいんですかー?」
「サービスだよ(にっこり)」
感激です。

周辺史跡の地図には赤いボールペンで行き方が詳しく書き加えられており、どうも館長さん自らわかりにくい史跡に注をつけてくれた模様。これで史跡めぐりはバッチリ♪ 感謝なのです!

実は首藤家の子孫


「只野先生の本を読んで大籠のキリシタンの歴史に興味を持ったんです」と話してみたら、
「あー、只野淳先生ね、うちに一週間泊まって家に伝わる史料を調べたりしたよ」とのこと。
後で展示室で見ると確かに「首藤家古文書」という史料がたくさんありました。

どうやら首藤館長は、千松兄弟が製鉄技術を教えた八家のうちの一つの家の子孫のようです。
それでキリシタン研究者の人たちをこの辺りの史跡を案内するようになったのでしょう。
「世界ふしぎ発見」にもちょっと出演したそうですが、私はその放送回見てなくて残念です。

っていうか、首藤家の当主でキリシタン殉教公園の館長さんから直々に話が聞けるって、すごくないですかっ!? こんな所があるなんて・・・クリスチャンなのに知りませんでした。お恥ずかしい限りです;;

309段の階段


その後受付の方にお茶まで出していただいて、すっかり長居した後、309段の階段を登ってクルス館に向かいました。

ちょっとハードですが、309段はここの地域で亡くなった殉教者の数。一段一段踏みしめて登ります。

登っていきながら感じたことは、309段って登るのも大変なのに、それだけの人の命が奪われたのって本当に恐ろしいことだということ。

のどかできれいな農村地帯だからこそ、その残酷さがもっと際立って感じられます。


クルス館のキリスト像


教会のようなクルス館に入るとイエス様が迎えてくれました。外では雑草取りのボランティアをしてらっしゃる人がいます。

中には私達だけだったので、賛美歌を何曲も歌ったら、少し心がすっきりしました。

ここのキリスト像は長崎にある日本二十六聖人の碑を作った舟越保武氏の手によるものです。


広場から見下ろすと大籠の里が


「私思ったんだけど、今日は慶長遣欧使節ミュージアムに行くのやめて、ここでじっくりキリシタンの史跡を巡ってみない?」

館長さんが詳しい地図をくれたのも、何か神様の導きのような気がしてそう言うと、友達もそうしたいと言ってくれました。

持つべきものは心通う友人ですね☆

そして怒涛のキリシタン史跡巡り

キリシタン史跡をたずねて


「よし、今度こそ見つけるぞー」

前に来た時は周りに人がいなくて道も尋ねられなかったのですが、今回はちょうど稲刈りの季節でお彼岸でもあったので、農作業中の人や帰省した息子一家を迎えた家族などが外にいて、いろんな所で人に道を尋ねることができました。

そして日が暮れるまでの時間、怒涛のキリシタン史跡巡りで行きたかった所すべてに行くことができました!ああ、感謝。天の導きなしには到底成し遂げられなかったでしょう。成果を以下にご紹介します。

首実験石


まずは首実験石。
大籠キリシタン殉教公園のすぐそばにあります。

所成敗したキリシタンの首を、伊達藩の役人が確認する時に座った石だと言われています。

地蔵の辻


ここは地蔵の辻。
首実検石とは道の斜向かいの場所にあります。

捕まえたキリシタン200名以上が処刑された所です。
無情の辻とも呼ばれています。

上野刑場


少し離れたところにあるのが上野刑場跡。
通称はオシャナギ様。

ここもキリシタンの処刑が行われた所です。

祭畑刑場


続いて祭畑刑場跡。

ここではキリシタンを銃殺したと説明板に書いてあります。

元禄の碑


元禄の碑は葬ることも禁じられたキリシタンの遺体を、処刑から60年経ってから集めて葬り建てた供養碑です。

カトリック大籠教会のすぐ近くにあります。

カトリック大籠教会


かわいらしい教会だなと眺めていたら、庭で作業していた方が「中を見てみますか?」と声をかけてくださったので、入れてもらいました。

お祈りができてよかったです☆
今は巡回教会になっているそうです。


村の方に話をうかがいながら


ここまで順調に見つけられたのですが、保登子首塚という所がどうしても見つからず、村の方に聞いてみました。

場所だけでなく、せっかく遠い所から来たんだからと、いろんな話をしてくださるそのお気持ちがうれしかったです。

昔のキリシタンもこういう人たちだったのかなと思ったら、当時のことが身近に感じられるような気がしてきました。

保登子首塚


保登子首塚は殉教したキリシタンの首を埋めた所。

少し小高くなった所にあるので、見つけにくかったようです。目線を上げるとわかるんですが、でもやっぱり普通の田園風景の中にあるので目立ちません。


架場(ハシバ)首塚


架場首塚は処刑したキリシタンの首をさらし首にした後、埋めた場所。

道のすぐ脇にあります。
見せしめにしたんでしょうね。

トキゾー沢刑場


トキゾー沢刑場跡もキリシタンも殉教地。

「トキゾー」とは人名ではなく、徒刑場(とけいじょう)のこと。

殉教地の多さに、段々眩暈がしてきました。大体309人もの人を処刑するだなんて、この村自体が血に染まったといっても言い過ぎじゃないのではないでしょうか。

上の袖首塚


上の袖首塚は、さらし首にされたキリシタンの首を、見るにしのびなかった遺族が夜闇に紛れて盗み出し、埋めた所。

山に向う道の途中にあって、隠して持って来たことがわかります。

台転場


台転場もキリシタン史跡地。

集落の狭窄部にあたっていたこの場所に関所のようなものを作り、ここで絵踏みをして信徒を見つけたそうです。

千松大八郎の墓


林の中に置かれた平べったい石のある所が千松大八郎の墓。

大籠に製鉄技術とキリスト教を伝えたとされる千松兄弟の兄、大八郎のお墓です。

石は小さく三つに割れてしまっています。

それでも名前とその功績が伝えられているのだから立派です。
当地に来たときはまだ10代の若者だったというから驚きです。地元のヒーローですね。

山の神


そしてここが史跡巡りのラスト、山の神。

千松兄弟がデウス仏としてキリスト教の神様(イエス様?)の像を祀った場所なだとか。

教えてもらってもよくわからなくて、腰まで伸びる雑草を踏み分けながら、おっかなびっくり道なき道を登って行ってようやく発見。

難易度でいえば後藤寿庵の墓をもしのぐほどですが、苦労して見つけた場所だから余計にしみじみします。感謝もひとしお☆

〆は賛美歌で♪

せんまつ湖


行きたかった場所、行けたらいいなと思っていた場所全てに行けて、あっという間の一日でした。

最後の〆は一日を導いてくれた神様への賛美でしょうということで、大声が出せる湖に行って歌いました。

暮れかかる空を眺めながら、今日出会えた人にもありがとうの気持ちを送りました。
主の宮で過ごす一日は外の千日に勝るという、聖書の言葉のとおりですね。
やはり主の中で生きてこその喜びがあります。
すべてに感謝いたします♪    

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