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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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 長崎巡礼 ~雲仙

  <主な訪問地>

★雲仙国立公園
★カトリック雲仙教会
★有家キリシタン史跡公園
★有家セミナリヨ跡
★西有家キリシタン墓碑
★日野江城跡
★西田平キリシタン墓碑
★原城跡
★口之津歴史民俗資料館
★千々石 専照寺

 諫早スタートで

お天気は・・・?


天気予報では雨雲が近づいているとのことでしたが、朝起きて窓の外を見ると薄日が差していました。
今日一日もってくれるといいけど。
天気の良し悪しは旅行にはとても重要ですよね。
特に殉教の地ばかり回る巡礼の旅では、陰鬱になってしまうのを止められません。
雨に打たれながら彼らの苦労をしのぶのもいいのかもしれませんが・・・。

ホテルからの眺め


今日は島原半島を半周して諫早に戻り、電車で長崎市内に行って宿泊という予定です。

近さと宿泊費の安さを考えると、長崎観光するのに諫早で宿泊するのもアリだなと思いました。

レンタカーが来ない;;


前日レンタカーを返す時に、「明日も借りる予定です」と伝えると、「じゃあホテルまでお迎えに行きます(無料)」とのこと。なんて親切なんだ~と喜んでいましたが、翌日約束の時間になってもお迎えは来ず、30分過ぎたところで電話して来てもらいました。

忘れてたのか手違いだったのか、詳細は不明のまま一時間遅れでスタート。東京とは違う「長崎時間」的なものがあるのかな?女性スタッフがとても反省してますという感じだったので、「許します」と言いたくなりました。

それは前夜に読んでいた資料の影響。殉教者は自らの首を差し出しながら役人に「私はあなた許します」と言ったのでした。

許しの恵みは大きいですね。
やってみてわかった(実際に口に出して言ったのではなく、態度で示した)のですが、
文句を言うよりすっきりしました。


 雲仙への道

清水棚田


諫早から雲仙に向かう道の途中で棚田を遠望できる展望台に立ち寄りました。

棚田百選にも選ばれているということです。

風が気持ちよくて清々しいです。


雲仙岳を


新しい道ができていたので、ゴールデン・ウィークだというのに渋滞もなく、すいすいと雲仙岳を上っていけました。 でも結構な傾斜でカーブも多いので、今日は軽自動車を借りなくて良かった~と感謝。

しかし、渋滞こそしなかったものの、この季節観光客の多い雲仙は、頂上付近の駐車場はどこも「満車」との看板を出しています。「車でなくバスで来るのが正解だったのかなぁ」とぼやきはじめたところで、目の前の駐車場から一台の乗用車が出てきました。
「入れるのかな?」と駐車場の入口に向かって行くと、「入っていいよ」的なゼスチャー。おおミラクル!
しかも駐車料金が今まで過ぎて来たところより安いです。導きに感謝して公園内へ☆


雲仙国立公園の入口


雲仙は日本で最初に国立公園に認定されたところなんですね。

今年で75周年と大きく書かれた旗が
通りに沿ってたなびいています。

日本の代表的な国立公園に来ることができたことだけでも、うれしいことだなあと思います。


雲仙の地獄


公園を入ってしばらく行くと・・・
ということもなく、公園を入ってすぐ目の前にこんな光景が広がっていました。

熱湯と水蒸気が噴出しているところを
「地獄」と呼ぶそうです。

ここは正に地獄だらけ。
散策も「地獄めぐり」といいます。
怖いネーミングですね。

「地獄内は危険です」の立て札


クリスチャン的に考えると、地獄は罪を犯して悔い改めない人の魂がいくところ。

確かに「危険」ですね・・・。
というか絶対に行きたくないところです。
「これは啓示かっ!?」と思いました。


泥地獄


粘度の高い物質を吹き上げているところは、ボコボコッと不気味な音を立てて表面が盛り上がっては破裂しています。

こういうところを泥地獄というそうです。

あちらこちらに地獄が散らばっていて、硫黄のにおいがすごいです。


雲仙つつじ


粘度の高い物質を吹き上げているところは、ボコボコッと不気味な音を立てて表面が盛り上がっては破裂しています。

こういうところを泥地獄というそうです。

あちらこちらに地獄が散らばっていて、
硫黄のにおいがすごいです。


雲仙地獄殉教地


ここが今日一番来たかったところ。雲仙地獄殉教地です。
キリシタン禁制の時代、多くの信徒が棄教を拒んでここで拷問を受けました。

当初は煮えたぎる熱湯の中に信徒を突き落として殺していました。しかし信徒たちが神を称えて殉教していくことが、他の信徒たちに勇気を与えたために、死刑から拷問へと方向転換されました。

何日間もの間熱湯を体にかけて棄教を迫ったり、地獄内に逆さに吊るし降ろしては引き上げるという責め苦を繰り返しました。
ここで神の栄光を叫んで殉教した者は多く、生き残った者は長崎に送られ西坂で処刑されました。


地獄めぐりを終えて次なる目的地に車を走らせます。
硫黄のにおいがすごかったので、ちょっと新鮮な空気が吸いたいです。
(温泉好きの私も、さすがに地獄めぐりの後しばらくは温泉につかる気になれませんでした)

 赤レンガの雲仙教会

カトリック雲仙教会


カトリック雲仙教会雲仙地獄から車で5分ほどのところにあります。ちょうど山の天辺のような場所にあるので、教会からの見晴らしは素晴らしいですが、階段を上っていくのはちょっと大変。

ちょうど日曜の礼拝をしていたので、しばらく外で待っていました。礼拝が終わると信者さんたちが出てきたので、「こんにちはー」と挨拶しながら中へ。

若い神父さんが教会内を案内してくださいながら、「昔は島原全体で3万人ものキリシタンがいたのですが、今はもう少なくなって。今日もGWということもありますが、15人くらいしか礼拝に来ていません」と残念そうにおっしゃっていました。私も残念です;;



キリシタン殉教道の道しるべ


キリシタンが雲仙地獄に連れられて行く時に通った道の標識です。

時が流れて、もう字も読めないくらいに磨耗していますが、
「これよりうんぜん十八丁
 左 みなんめまち
 右 をばまみち」
と書かれています。

逃亡防止のために耳をそがれた信徒たちは、手首をしばられていたために傷口に手を当てることもできませんでした。
ここまで来ると雲仙から立ち上る噴煙もかすかに見えてきます。引かれて行く彼らの目にはどう映っていたのでしょう。


 キリシタン墓碑を探して

島原半島のキリシタン墓碑


この島原半島に多くのキリシタンがいたことは、各地で発見されるキリシタン墓碑の多さからもしのばれます。少しでもキリシタンの心に触れたくて、ここからはキリシタン墓碑を探しながら島原半島をぐるっと回ります(約半周)。

桜馬場のキリシタン史跡公園


住所がわかっていたので入力して安心してナビ任せにしていたのですが、「目的地周辺です。案内を終了します」と言われて、「えええっ!?」何もないんですけど・・・?

行ったことがある人のHPに書いてあったことをメモしてきた紙を見ながらウロチョロして、ようやく発見!キリシタン史跡公園への矢印。

安心したのもつかの間。これでいいのか不安になるような農道を入ったものの見つけられず、引き戻そうかと思いかけたところで現れました。

名前から想像していたのとはちょっと違いましたが、苦労して見つけたので有り難味があります。(この有り難味は今日一日続く・・・)


有家セミナリヨ跡


132号線が島原半島を一周する道にぶつかったところで右折し、しばらくいくと往来の多い道沿いに有家セミナリヨ跡がありました。

あまり賑々しくアピールしていないので、
通り過ぎてしまいそうな感じですけど^^;
ここで高山右近は霊操をしたといわれています。キリシタン墓碑も置かれていました。


 あまりに美しいキリシタン墓碑

西有家キリシタン墓碑


左手に海を眺めながら次に訪れたのは、須川共同墓地内にある西有家キリシタン墓碑。

ローマ字碑文が刻まれたキリシタン墓碑としては日本最古のものです。

お墓の形がとても美しくて、ため息が出るほど (゜0゜*)
今も現役の墓地内の真ん中にあります。


日野江城跡


有家から有馬に入り、日野江城に。
有名なお城なので整備されているかと思っていましたが、これぞ正しく廃城という感じの光景です。

キリシタン大名有馬晴信を髣髴させるものは何もないと言ってもいいかもしれません。
草が生い茂っているので、歩きまわるのは困難です。諸行無常ということを切実に感じさせてくれます。


西田平キリシタン墓碑


「本当にここでいいのかな・・・?」と訝しく思いながら狭い私道を登って行き、苔むす石垣に沿ってさらに狭い道を進んで行くと、ありましたキリシタン墓碑。

ここまで探してくる人は少ないのか、観光客が気楽に入って行けるような雰囲気が全くないです。

誰かの私有地に勝手に入って行ってしまっているような罪悪感さえ感じられます。(実際にここも道も私有地かも)
それでもどなたかがちゃんと管理してくれているようで、墓碑も周りもキレイです。
「るしや」というキリシタンの女性のお墓です。どんな人だったんでしょうね。


 島原の乱の激戦地 原城跡へ

お昼もとっくの昔に過ぎて、お腹はかなりすいてきたけど(夫には「お前の予定表にはなぜ食事の時間が書かれてない?」といつも言われます)、「ここは外せない!」と強く思うのが原城跡。
天草四郎が戦った地です。
というわけで、とりあえず向かいます、原城跡へ。

ホネカミ地蔵


こちらは原城の本丸に登って行く道の脇に建てられたお地蔵さま(二基)。

由来を書いた説明板によると、1766年に近くの村の住職が、まだあたりに散乱したままになっていた人骨を集めて供養したのだということです。

1766年と言えば、島原の乱から128年後。その頃までも葬られることもなく遺体が放置されたままであったということが、恐ろしくもあり悲しくもあります。


空壕(からぼり)


島原の乱には有馬、有家、口之津、加津佐などの7村の住民のほぼ100%が参加したので、一揆ぐんとして戦う者たちの他に、その家族が大勢いました。

戦わない家族が惨殺されたところが、空壕です。
人数ははっきりとはわからないですが、何千人もの人が殺されたと言われています。


原城跡の碑


本丸跡には原城跡の碑や天草四郎のお墓などがあります。

GW中の日曜日だというのに、人出はあまりなく、「原城まんじゅう」みたいな物を売る土産屋などもありません。

折りしも小雨が降り始めて、キリシタンの血で染められた大地をさびしく慰めているようです。


湯島(談合島)


本丸跡から有明海を望むと、三体の像と十字架が建てられていました。

かすんで見えるのは、一揆の相談をした湯島(談合島)。

彼方にある世界へと旅立とうとしているようにも見えます。


 シーサイド・ドライブ

口之津海の資料館・歴史民俗資料館


海沿いの道をドライブして、次にやってきたのは口之津。

口之津の殉教地はこの辺りのはずですが、碑などを見つけられなかったので史料を見たくて資料館に入りました。

キリシタン遺物もありましたが、からゆきさんの歴史や戦争に関するものなど、興味深いものがたくさん展示されていました。


口之津のなんばん大橋


この赤い大きな橋「なんばん大橋」の向こう側(橋を渡らない本土側)に岬の聖母教会があったのですが、よくわかりませんでした。

今はお寺になっているそうですが、いつか訪れてみたいです。

もうちょっとたたずんでいたかったのですが、レンタカー返却の時間が迫ってきたので先を急ぐことにします。

加津佐の辺り?


さすがにお腹がすいてきたので道沿いのコンビニでお昼を買って駐車場でのランチタイム(二日連続です・・・)。

「あー眠かった」と夫に言われて焦りました。どんなに行きたいところがあっても、事故ってしまったら何にもなりませんよね。
無理しないようにしなきゃです・・・><;

 千々石の町☆

千々石 専照寺


島原半島の付け根の辺りまで戻ってくることができたので、千々石を少し見て回ろうと思います。

ここまで来れば諫早までもうひと息なので、若干余裕が生まれました。
ほんと、渋滞がなくて感謝です!

千々石町は天正遣欧少年使節の一人、千々石ミゲルが生まれたところで、ここに一時コレジヨが移されたはずですが・・・。

1588年に移されたコレジヨは、今の専照寺境内にあっただろうと推定されていますが、往時のものや記念碑などは何もありません。
今はお寺さんなんだから仕方ないですね。
静かな境内の巨木だけは、当時の世の中を見ていたかもしれないなと思いました。


千々石町役場の千々石ミゲル


最後にもう一ヶ所!と思い千々石町役場へ。ここにある千々石ミゲル像を見てみたくて。

「千々石三大先人」として、千々石ミゲルと二人の人が像になって立てられています。千々石ミゲルの説明文には、「至純の人 千々石ミゲル」とありました。う~ん、どうなんでしょう・・・。

ミゲルはキリシタン迫害が本格化する前に棄教したので、迫害で意志を貫くことができなかったわけではありません。

彼が大村喜前を棄教に導いたという話もあるし(大村喜前がそう言ってるだけなので、実際は逆だったのではないかと思いますが)、迫害側に回ったことは確かなので、「至純」という表現には頷きがたいものがあります。

ただ・・・
わずか13歳前後でヨーロッパに向けて出発し、帰ってきたのは8年半後ですから、その多感な時期に大人社会のいやらしさや純粋な信仰とは相容れないキリスト教世界の権謀術数を見てきたなら、どこかで心の醒める思いもしてきたのかもしれません。

最近では諫早市多良見の伊木力墓石が、千々石ミゲルの墓だとして注目されていますが、その墓石の立っているところがキリシタンの墓地だったことから、「ミゲルは晩年キリシタンに戻ったのではないか」と言われています。

政治に利用される宗教ではなく、純粋にキリストを信じる信仰に立ち戻りたかったのかもしれませんね。
それでも、信じたものを捨てた痛みは、生涯消えなかったのではないでしょうか。


 Good Bye!諫早

諫早の眼鏡橋


無事時間に間に合いレンタカーを返却し、諫早駅まで送ってもらいます。

←車窓から見えた眼鏡橋。

今回は宿泊だけして他のところを回ってばかりでしたが、今度来るときは諫早もちゃんと観光したいなと思いました(今度といってもなかなか来れないでしょうけど・・・)

長崎の夜景


昔二回ほど長崎には来たことがありますが、その頃とは大きく様変わりしていて、「え、長崎ってこんな所だったっけ?」という感じ。

自分がものすごく年を取ったような気さえしてしまいます(実際その通りなんですけど^^;)

駅前の歩道橋から見下ろすと路面電車が縦横無尽に走っていて銀河鉄道みたい。

大きく変化してもキレイな街であることは変わらないようです。

明日に備えて


今日もよく観光したので疲れましたー☆
よく頑張った自分たちにご褒美のディナーです。
長崎駅は駅ビルが充実していていい感じです。

今夜の宿は、長崎駅から徒歩10分ほどのところにある「ビジネスロイヤルホテル」。結論から言うと、部屋や設備はいまいちでしたが、次の日の朝一に出かけたいところに近かったので、その点では◎でした。

小雨はちらついたものの、本格的な雨には降られなかったので感謝です。

今日もしっかり寝られそう・・・(@ ̄ρ ̄@)zzzz あ、ヨダレたれてるっ


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