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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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長崎巡礼 ~長崎市

 <主な訪問地>

★カトリック中町教会
★祈念坂
★大浦天主堂
★旧羅典神学校
★カトリック大浦教会
★聖コルベ記念館
★日本二十六聖人殉教地
★聖フィリッポ教会
★日本二十六聖人記念館
★長崎歴史文化博物館
★サント・ドミンゴ教会跡資料館
★サン・フランシスコ教会跡
★ミゼリコルディア本部跡
★外浦町由来碑
★岬の教会跡(イエズス会本部跡)
★出島
    ↓フェリー
五島列島(下五島) 福江島へ

 雨の街長崎

ホテルの朝食会場で、ずっと窓の外を見ていました。今日は雨。旅行中は毎日のことですが、今日もたくさんのところを回るのでできれば曇天くらいにしてほしかったなぁと思いながら、「でも雨だからいいこともきっとあるんだろう」と希望的に発想転換。巡礼の旅ですから☆

大村藩蔵屋敷跡


チェックアウトしてまず向かったのが、カトリック中町教会。
ここに近かったので、昨日の宿を予約したのでした。
教会の敷地に入る前に、まず敷地を囲む石垣を見ます。

ここはキリシタンを厚遇した大村藩の蔵屋敷があったところ。
少しだけ残っている石垣はその頃のものです。
当時を伝える立派な歴史の証人です。

大村藩がイエズス会に長崎を寄進したことが
時の権力者からの弾圧を招く一因となりました。


カトリック中町教会


カトリック中町教会の堂内には
雨の音だけが響いていました。

正面で迎えてくれるキリスト像は、
「ほほえみの十字架」といわれています。

今日一日の無事を祈って教会堂を後にします。


カステラの文明堂


路面電車の一日乗車券を買い、大波止へ。文明堂は大波止駅の正面にあります。

インターネットで予約した福江島行きのフェリー(ジェットフォイル)のチケットは、乗船前に予め購入しておかなければ乗れないので、小心者の私はチケット購入に来たのでした。無事買えて一安心。

重たい荷物もフェリーのターミナルにあるコインロッカーに預けます。大きくて立派なターミナルにはいろんな施設がありそうです。「乗る前に探検しよう」と企みながら、身軽になって街にGO!

 大浦天主堂へ

長崎に来たら絶対にはずせない観光地、大浦天主堂。クリスチャンなら尚更です。
大浦天主堂への道は、大きくわけて二つあります。

路面「大浦天主堂下」で降り、天主堂を見上げながら坂道を登るコースと、路面電車で次の停車駅「石橋」まで乗っていって、グラバースカイロードという斜めに上るエレベーターで天主堂やグラバー園の背面に出るコースです。

海を望む祈念坂


長崎に来るたび遠藤周作が朝な夕な登り降りして黙想にふけった祈念坂に行きたくて、私たちは後者のコースを選びました。

エレベーターまでは多くの観光客と一緒でしたが、降りると皆グラバー園の方に行ったので、祈念坂に向かったのは私たちだけでした。

静かでしっとりとした坂道から、
遠藤が愛した風景を眺めます。

遠藤周作はこの石段にぺたんと座って、長崎湾を眺めてぼうっとするのが好きだったと本の中で書いています。


側面から見た大浦天主堂



雨に濡れた石段には、さすがにぺたんと座ることはできなくて、ずっと見ていたい海と船の風景も、いつまでも見続けているわけにはいきません。

少し進んで行くと、左手に大浦天主堂が現れました。正面からの写真はよく見ますが、側面のはあまり載っていないので、ちょっと得した気分。

横から見てもとても趣がありますね。少し憂いを含んだような雰囲気です。


大浦天主堂・正面


1864年、まだ幕末の日本でフランス人宣教師たちが創建した大浦天主堂は、当時の人に「フランス寺」と呼ばれていました。

「日本のいかなる教会よりも、心がこもって美しい」と遠藤周作は書いています。

信徒発見のマリア像


堂内は撮影禁止なので写真は載せられませんが、「信徒発見」で有名なマリア像は、祭壇右手で今も微笑んでいます。

まだ小学生だった頃、この堂内に入って、不思議な感覚にとらわれたことを思い出しました。
当時は神様は信じるもののクリスチャンではなかったのに、聖なる雰囲気や神様がいらっしゃる感じに打たれて、しばらく動けませんでした。

観光しながらそういう体験をすることがあることを考えると、観光客で賑やかになってしまっていることを否定的にばかりとらえてはいけないんだろうと思いますが、信仰の息づいている場所は、マナーを守って見学してほしいなと思いました。


信徒発見のレリーフ


江戸時代の迫害で、各地にひっそりと隠れて信仰を守っていたキリシタンたちが、「発見」されたシーンを描いたものです。

中央の人がプチジャン神父です。


旧羅典神学校


大浦天主堂に来たら、忘れてはならないのが、旧羅典神学校。

羅典神学校は、プチジャン神父が計画し、ド・ロ神父が設計しました。アウシュビッツで亡くなったコルベ神父もここで教鞭を取りました。

日本初の木骨煉瓦造の建物です。現在は内部にキリシタン資料が展示されています。

旧羅典神学校内のキリシタン遺物


禁教時代にキリシタンたちが秘蔵していたマリア観音、納戸神、爺役の杖などを見ることができます。

キリシタンの資料と同じくらい展示されているのが、アウシュビッツで死刑にされる人の身代わりになって餓死刑を受けた聖人・コルベ神父に関する物です。

コルベ神父は故郷ポーランドに帰り、アウシュビッツに送られるのですが、その前に宣教に来ていたのが日本なのです。


カトリック大浦教会


大浦天主堂の向かいにあるカトリック大浦教会にもせっかくなので立ち寄ってみることにします。

月曜日なので誰もいらっしゃらなかったですが、たくさんの信徒の方々が祈りを捧げているんだろうなと感じました。


聖コルベ館


大浦天主堂から土産物屋の並ぶ坂道を下りて行く途中、左手に聖コルベ館があります。

ここも是非訪れたいと思っていた場所です。「見つかってよかった~」と中に入っていきます。

入ってすぐはお土産屋さんのような感じがするので、「あれ、ここでいいのかな?」と思ってしまいますが、奥に進むとコルベ神父ゆかりの赤煉瓦の暖炉が迎えてくれます。

文書による宣教をしたいと考えていたコルベ神父は、「聖母の騎士」という機関紙を創設しました。

その最初の印刷所があったのがこの辺りだったのです。


コルベ神父ゆかりの暖炉


1981年この地を訪れた遠藤周作が、草地に放置されていたこの暖炉を見て修道士の一人に
「大浦天主堂に来る修学旅行生のうち幾人かでもコルベ神父の話を聞いて感動するかもしれないので、なんとかして保存してほしい」と訴えて、このようになりました。

コルベ神父の遺髪や筆跡、アウシュビッツの石など、貴重な物がたくさん展示されています。

ここも写真撮影可ですが、写真を撮らせてもらったら(撮らなくても)、無料で入館できるようになっているので、是非入口にあるお土産屋さんでお買い物を♪


たくさんの観光客と修学旅行生たちで、まっすぐ歩けないくらいですが、この坂道をコルベ神父やゼノ修道士が上り下りしたんだなと思うとしみじみした気持ちになります。「信徒発見」されたキリシタンたちも、どきどきしながらこの道を上って行ったんでしょうね。

歴史ほど素敵でロマンあふれるものはないんじゃないか、なんて思いながら足取り軽く下っていきます。

 西坂へ

路面電車


長崎で散った26の命。大浦天主堂の後は、26聖人の殉教地、西坂に向かいます。大浦天主堂はこの26聖人に捧げられており、天主堂は西坂に向けて建てられています。

長崎観光の強い味方は、なんといっても路面電車!
「築町」で乗り換えて、「長崎駅前」に向かいます。

西坂



1597年、大坂と京都で捕縛された外国人宣教師と日本人信徒が、はるか長崎まで死出の見せしめよろしく護送され、ここ西坂の丘で処刑されました。最年少のルドビコ茨木は12歳でした。1962年、時の教皇ピオ9世は、26人の殉教者を聖人に列しました。

その100年後の1962年、この西坂殉教地に二十六聖人の記念碑が建てられました。
この記念碑は高村光太郎賞を受賞。
制作にあたった舟越保武は、2002年、二十六聖人の殉教の日と同じ2月5日に他界しました。


二十六聖人記念館の壁画


長崎で描かれた掛け軸「雪のサンタマリア」、フランシスコ・ザビエルの書簡、中浦ジュリアンの手紙など、貴重な史料が集められています。

二階「栄光の間」には二十六聖人の遺骨が安置されています。

館内は写真撮影できないので、販売されている資料を大人買いしてしまいました(大人っていいなぁ・・・☆)
ここの初代館長である結城了悟神父を尊敬している私は、いつかここを訪れて結城神父にお会いしたいと思っていたので、2008年11月に他界されたと聞き、大変ショックでした。

ペテロ岐部と187殉教者の列福のための歴史的調査にあたられていたので、天国にいる殉教者たちに、一足先に列福の報告を伝えにいかれたのかもしれないと何かの本に書かれていました。
私もそんな気がします。

聖フィリッポ教会


二十六聖人の一人、メキシコ人のフェリペ・デ・ヘススに捧げられた教会です。メキシコの援助によって建てられました。

二十六聖人記念館とこの教会を設計した今井兼次氏は、ガウディを日本に紹介した人で、これらの建築にもガウディ・スタイルを取り入れました。

記念館の壁画と教会の双塔にちりばめられたモザイクの焼物は、二十六聖人が歩いた京都から長崎の窯元で作られたものや、聖人の故郷メキシコやスペインから贈られたものが使われています。

今井氏は建物自体が殉教の歴史を物語るように設計したと語り、この建築で大隈記念学術褒賞を受賞しました。

聖フィリッポ教会内部


教会内部には静謐さであふれていました。
人がいなかったので静かに祈ることができ感謝。

私たちが外に出るのと入れ違いに欧米人の家族が入っていきました。二十六聖人の記念碑の前でも見かけた家族で、この後の本蓮寺でも会いました。

日本の殉教者のことやキリスト教の歴史を外国人が知ろうとしてくれていることはうれしいのですが、日本で起こったことであるにも関わらず、日本人があまり関心を持っていないことが残念です。


 点在する史跡をめぐりながら

浦上街道


長崎はそれほど大きな街ではないですが、そこかしこにキリシタンの足跡が残っていて、これほどまでに史跡に巡りあえる街は他にはないと思います。

多くが壊されて、今はただ碑だけが残っているという状態なので、想像力を大いに働かせて巡っていこうと思います。


本蓮寺


今では本蓮寺という日蓮宗のお寺となっていますが、ここには16世紀末から17世紀始めにかけてハンセン病の病院であるサン・ラザロ病院とそれに隣接してフランシスコ会の教会、サン・ジョアン・バウチスタ教会があり、この辺りを「サン・ジョアンの町」と言っていました。

1569年に長崎に初めて教会が建てられて以来諸説ありますが)45年間、長崎はキリシタンの町として発展し、1614年には人口2万5千人のほとんどがキリシタンだったといわれています。

多くの教会が建ち並ぶ様子は「小ローマ」とも呼ばれました。その頃の教会の一つです。


勝海舟寓居の地碑


ここはまた勝海舟ゆかりの地であるらしく、「勝海舟寓居の地」という碑が建てられていました。幕末に活躍する勝海舟とキリシタンの教会の組み合わせは意外です。

歴史の研究が進んでいろんなことがわかってきて、各地の人々の協力で碑が建てられているので様々な年代に起こったことを俯瞰して見ることができて幸せです。

 


 

西勝寺


遠藤周作の「沈黙」に出てくる司祭フェレイラの転び証文の写しが保存されているお寺です。

転び証文は非公開ですし、写しなので、あえてお寺の中には入っていきませんでした。今は平和な時が流れているように見えます。 


長崎歴史文化博物館


再びてくてく歩いて長崎歴史文化博物館へ。
ここにも昔教会がありました。
山のサンタ・アリア教会です。
 
ここも1614年の禁教令で打ち壊されました。
雨足も強くなってきたので、博物館に入って雨宿りしながら見学です☆


再現された御白州(おしらす)


一番目を引いたのがこの御白州。

江戸時代の裁き所です。
キリシタンたちもこんな御白州に座らされることがあったのでしょうか。

自分がここに引き立てられたらどんなことを話せるだろうと思いました。

サント・ドミンゴ教会跡資料館


長崎歴史文化博物館の斜向かいにあるのが、
このサント・ドミンゴ教会跡資料館。

なんと現在では桜町小学校という小学校になっています。小学校の敷地内に教会跡資料館って、とても珍しくないですか・・・?

中に入っていくと「PTAの方かな?」と思ってしまうような家庭的な感じの婦人が迎えてくれました。

「雨がすごいですよねー。お入りください」なんて言ってくれるので、誰かの家に遊びに来たかのような気がしたりして。

しかし内部は家でも小学校でもなく、タイムスリップした別世界のようでした。


花十字紋瓦


教会として使われていた時代の地層、末次、高木の代官屋敷だった時代の地層それぞれから出てきた発掘品が当時の雰囲気をいきいきと描き出しています。

特に教会の屋根を彩っていたであろう大量の花十字紋瓦は当時のキリシタン寺がいかに華やかだったかを語っています。

華やかでハイカラ(?)で、ステキだったんでしょうね。当時の人が先進文化にあこがれて、多少ミーハーな気持ちでキリシタンになった人もいたというのも、仕方なかったのかなと思ってしまいます。

それでもそこから入って、真髄である本物の信仰に至る人もいたのではないでしょうか。
宣教師さんたちもそれを望んでいたのでしょう。


 土砂降りの雨もまた

雨足はどんどん強くなってきて、土砂降りの様相を呈してきました。
午後3時半までにはフェリーのりばに行きたいので、あと1時間半ほどしか観光できません。
もうひとふんばり歩き回って、見せてくださいと願ったものを探したいと思います。

サン・フランシスコ教会(修道院)跡


サント・ドミンゴ教会跡から、大きな道を渡ってすぐのところにある教会跡、サン・フランシスコ教会跡です。

現在は長崎市役所別館が建てられていて、あるのは碑だけです。

禁教令の3年前にフランシスコ会の修道士たちが着工しましたが、完成しないうちに取り壊されました。

皮肉なことに、ここにはその後桜町牢が置かれ、多くのキリシタンが投獄されました。


ミゼリコルディア本部跡


「ミゼリコルディア」とはポルトガル語で「慈悲」という意味です。

当時ポルトガルで盛んに行われていた「ミゼリコルディア」という信心会にならって、日本のキリシタンは「ミゼリコルディアの組」を組織して、隣人愛を基盤とした福祉活動をしました。

ここでは女性たちも大いに活躍したそうです。自慢の先輩たちですね☆


外浦町(ほかうらまち)由来の碑


旧外浦町の由来が書かれた碑です。

外浦などの6町が、長崎における最初の町で、「長(な)んか」岬に町づくりをしたことから「長崎」になったといいますから、この辺りは長崎の最古の町なんですね。

イエズス会本部跡


碑だけの史跡が続いてスミマセン。
碑は今日はこれで最後なのでお許しを。

ここは大村純忠から長崎の寄進を受けたイエズス会が本部を置いたところ。現在の長崎県庁です。

被昇天のサンタ・マリア教会という教会が建てられ、イエズス会本部だけでなく、司教館、コレジヨ、セミナリヨなどもありました。正にイエズス会日本布教の中心地だったわけです。

悩んだ末にこの地の寄進を受けてしまったイエズス会は、日本に対して領土的野心を抱いていると疑われるようになり、キリシタン禁教を招く一因をつくりました。

歴史的使命を負った人の責任はとても大きいのだなと感じました。


どしゃぶりだし (;△;)


「五月でも台風ってあるの? これって洪水って言わないのかなぁ」
長崎県庁前は水があふれて道路は小川のようになっています。
風も強くなってきて、傘もほとんど用をなしません。

全身水浸しになって、何かしゃべるのも億劫でしたが、出島だけは見ておきたくて、ずんずん歩いて行きます。

 出島到着~! ・・・あれ、小さい?

出島入口


土砂降りの中歩いてきたので思わず「到着~!」と言ってしまいました。

門番役の観光スタッフに案内されて中に。
よくよく考えると中に部外者を入れないために立っている門番が案内してくれるのって、少し妙ですが・・・ま、いいか☆

カピタン部屋


再現されたカピタン(カピタン=船長)部屋が、この観光施設の目玉のようなので早速向かいます。

ぐじゅぐじゅになった靴を脱いで入るのは、気が進みませんでしたが我慢です。

和洋折衷でモダンな感じ。こういうカフェがあったら流行るかも、と歴史と関係ないことを考えます。


意外と小さい・・・


カピタン部屋が再現された建物を出て、もっと奥に進んでいこうとして気づきました。
「あれ、これで終わり・・・?」

一本の道の両側に建物がいろいろと再現されていますが、建物自体それほど多くなく、建物があっても中は土産物屋さんだったりで純粋に見学して回れるところは想像よりずっと少ないです。

「出島って、思ったより小さなところだったんだねぇ」
「そりゃあ、人工の島だもんね」

入口から一番遠いところでは、何か建設中のようでした。
出島という観光スポットは、今はまだ十分に整備されていなくて今後の発展が待たれる施設といえるかもしれません。

こんな全国的にネームバリューのある観光資産がまだ十分に観光化されずに眠っているということが長崎のすごいところだなと思いました。

 フェリー大丈夫ですか?

カピタン部屋の前で解説していた観光ボランティアのおばさまと会話したときに、
「これから、フェリーで福江島に行くんです」と話したところ、
「え、こんな雨で船出るの?」と言われて、凍りついたお気楽天然夫婦(私たち)。

「船が出なかったら今夜泊まろうと予約した宿はどうなるんだろう? 明日の観光も行けなくなっちゃうの~?困る困る。神様ー><;」(←心の声)

フェリーターミナルに急いで行って、チケット売り場の人に「フェリー大丈夫ですかっ!?」と聞くと、その問いかけ自体が意外だという口ぶりで、「これくらいなら大丈夫です」とのこと。

「出島のおばさん驚かせないでよー><。 余所から来た者は地元の人の言葉に敏感なんだからー」
安心と脱力でへなへなになりました。

しかし悪いことばかりじゃありません!(当然ですが)
予定より早くターミナルに行ったので、ゆっくりご飯が食べられました(そんなことかいっ)

最初はターミナル内のレストランを覗いていたのですが、値段が高くておまけに混んでいたので、
「コンビニで買ってきて食べようかなー」と2階に上がって行くと、フードコートのようなスペースがあり、学食みたいにお惣菜を並べているお店があるではありませんかっ!

正に穴場! おすすめです♪
ご飯を食べて元気を取り戻し(今日も三時過ぎるまでお昼が食べられなかった;;)、荷物をコインロッカーから取り出して、ジェットフォイルで福江島に向かいます。

九州商船のジェットフォイルは、ネットでも予約できて便利です。
往復割引などの割引もあります。 

窓から見たフェリーターミナル


高速艇ジェットフォイルに乗り込むと、テンションが上がってきました(乗り物好き♪)

雨は少し小降りになってきましたが、波は結構高いようです。無事に着けるようお祈りして、シートベルトを締めます。

福江島までは一時間半の船旅です。

長崎港から五島列島に


長崎港は400年以上前に天正遣欧少年使節が出発した港です。
彼らと同じ光景を見ていると思うと胸が躍ります。

雲間には太陽も顔を出し、この旅路を祝福してくれているような気がしました。

福江島の夜景


無事福江島に着き、ひと安心。
福江島は五島列島で一番大きな島です。

明日の教会めぐりを楽しみにしながら、ホテルの展望風呂へ。

さっきまで夕陽が差していたのに、一気に夕闇に変わっていく様子がとても美しく感動的でした。

ほっともっとのちゃんぽん


お風呂の帰りにどこかでご飯を食べようと思っていたのですが、まだ8時過ぎにも関わらず、見渡す限りお店はどこもクローズ。

想像以上の静かさに驚きつつ、お店に入るのを諦め、お弁当屋さんで夕飯ゲット。
ほっともっとのちゃんぽんです。
これって、長崎限定メニューですかね・・・?

いやいやそんなことより何より!
今日は大浦天主堂も西坂も行けて、とても充実した一日になりました。
重ね重ね感謝! 明日もいい日になりますように ( u _ u ) クゥゥゥ。o◯


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