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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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とうきょう散歩~其の五

  
 
<本日の訪問地>

 
★カトリック浅草教会
 ★甚内神社
 ★蔵前一丁目交差点
 ★キリシタン山屋敷
 ★新渡戸稲造旧居
 ★ニコライ堂
 ★湯島聖堂
 ★神田明神

 暑くならないうちにせっせと歩こう


梅雨も明け、七月半ばを過ぎた曇りの日。
暑くならないうちに、行きたいところに行っておこうとお出かけしました。

一度行ってみたいと思っていても、「いつでも行けるさ」と思っていると、
結局いつまでたっても行けないですよね。
そんな反省をふまえて、今日はせっせと歩きたいと思います☆

カトリック浅草教会



まず訪れたのが、秋葉原駅から徒歩10分ほどのところにあるカトリック浅草教会

ここにキリシタン殉教記念碑があると聞いていたので、是非ひと目見て見たかったのです。

カトリック浅草教会外観



ビルやマンションが林立する中にあるのに、とても落ち着いたたたずまいです。

緑と建物がお互いを生かしているような感じがして、素敵です。何か建築の賞を取っていると門扉のプレートに書かれていました。納得。

カトリック浅草教会聖堂内



「こんにちは~」と声をかけましたが、誰もいらっしゃらないようです。
 
静かなお御堂で、しばしお祈り。というか、自然にお祈りしていました。祈りたくなる雰囲気があります。

 
内部も非常に美しかったです。


ステンドグラス



こちらは入ってすぐのロビーにあるステンドグラス。

フランスのジャック・グリュベール工房で1929年に製作された作品で、題は「誕生・十字架の死・復活」だそうです。

ガラスの色味がとても繊細です。


外に出て、記念碑を探しますが、見当たりません。
う~ん、どうしてだろう?

教会敷地を出て、裏手に回ってみると・・・、おお!発見。よかったです、見つかって。
史跡は目立たないところにあることも多くて、案内人なしに、自分たちで調べて回るので、どうしても見つからないことがあるんです。

いいスタートが切れて感謝です。

浅草・鳥越きりしたん殉教記念碑



17世紀初頭の江戸で吹き荒れたキリシタン弾圧の際、浅草の鳥越にあった刑場で斬首され処刑された30名近くのキリシタンを記念して建てられました。

緑に囲まれた小さな緑道のようなスペースの片隅に置かれています。
背後には木製の記念碑もありました。


 甚内神社というところ

甚内神社と聞いても、ピンとくる人はいないかもしれませんが、
ここも江戸の歴史の1ページに残る史跡だと思います。

今は小さな神社が鎮座しているだけで、周囲の家々に住んでいる人も、何があった所か知らないかもしれませんが、ここには江戸時代初期、ハンセン氏病患者を世話するフランシスコ会の施療院があったと言われています。

カトリック浅草教会からは徒歩10分ほどです。

甚内神社


フランシスコ会の施療院があったといわれる場所に建つ甚内神社。

2008年に列福された原主水も、捕らえられるまでここでハンセン病の人々の世話をしていたと言います。

駿府で手の指と足の腱を切られ、額に十字の焼印を押されて放置された後、浅草まで逃れてきて病人と信徒に仕えていたとは、驚くべき精神力です。

仙台藩主伊達正宗に取り立てられて慶長遣欧使節団をヨーロッパまで連れて行ったルイス・ソテロ神父も、ここで活動していたのでしょう。

小さな神社ですが、歴史のしみた地に建っています。

ここには施療院に付属する形で、藁葺きの教会が建てられていたのではないかと考えられていますが、打ち壊され、神社が建てられて、当時をしのべるものは何も残っていません。

ここで市民のために活動していたキリシタンたちが捕らえられ、鳥越にあった刑場で処刑されました。次はその刑場跡に向います。甚内神社からは徒歩10分ほどです。

鶴の湯



道の途中で何ともステキな銭湯を見つけました。
鶴の湯という屋号で、手作り感あふれる鶴のオブジェが飾られています。

こんないい感じの銭湯があると知っていたら、お風呂の用意もってきたのに・・・。

中に入ってみたかったけれど、今日は断念します。


 今はもう何も・・・

浅草、鳥越山刑場があったとされる所は、現在は車通りの多い交差点になっています。
処刑には見せしめの意味合いが大きかったので、当時の街道筋に設置されていたのでしょう。

刑場があったであろう場所



刑場があったのは、江戸通り蔵前通りが交差する辺りだっただろうと言われています。
現在は蔵前一丁目交差点となっています。

正確に言えば、この二つの通りから見ることができる小高いスペースにあったと考えられます。

江戸時代、ここには天文台もあったんですね!

当時は少し山のようになっていたのでしょうか? 見晴らしがよかったんでしょうね。
刑場が設けられる条件とも一致します。

 ↓伊能忠敬も訪れたと書いてあります。

なか卯でブレイク



お腹もすいてきたので、少しブレイクタイム♪
なか卯で、すだち入り冷やしおろしうどんを食べました。

気軽に入れる食堂が、こんなにたくさんあるのって、たぶん日本くらいじゃないでしょうか?
とっても便利でありがたいです☆

 次は茗荷谷だっ!

腹ごしらえも済んだので、再び歩き始めます(といっても、移動は地下鉄ですが)。
前夜まで曇りのち雨の天気予報だったのに、出かけてみるとどんどん晴れてきて、あっという間に炎天下。そういうことありますよね。正にそうなってしまいました・・・。

しかし!行きたいところに行くのだから、弱音も吐いていられません。
体力温存モード(電車で座る。余計なおしゃべりはしない)でレッツゴー♪

切支丹屋敷跡



やって来たのは、茗荷谷駅から徒歩10分ほどのところにある切支丹屋敷跡

切支丹屋敷といっても、「キリシタンが住んでいた屋敷」ではなく、キリシタンを転宗させるための拷問と取調べが行われた屋敷です。

見せしめのために処刑したキリシタンたちが勇敢に殉教する姿を見て、市民たちがかえって感銘を受けていたので、徳川幕府は、処刑ではなく転宗させる方がいいと考えるようになりました。

そのための施設があったところです。



切支丹坂



こちらが近くにある、切支丹坂
夏目漱石や志賀直哉の小説にも出てきます。

近くに新渡戸稲造の旧居があると文京区のHPに書いてあったので、そちらに向かいます。

しかし・・・道が入り組んでいてわかりにくい地域です。無事に見つけられるか心配です。
直射日光を避けながら行きつ戻りつ・・・

新渡戸稲造旧居跡


あ、ありました!
でもちょっとわかりにくいところです。

プレートが緑に侵食されかかっています。本当に「跡」ということですね・・・。カナダで亡くなるまでの数年間、住んでいたところだということです。

新渡戸稲造は、「我太平洋の架け橋とならん」と言い、国際連盟の事務長を務めた人です。戦争が起こったときにはどれほど心を痛めたでしょう。


拓殖大学


近くには拓殖大学がありました。新渡戸稲造は拓殖大学の学長を務めていたので、その関係でこの辺りに住んでいたのでしょうか。
 
クリスチャンの新渡戸稲造は、切支丹屋敷跡にも訪れてお祈りしたかもしれませんね。

 次はお茶の水~お茶の水~

せっかくの休日なので、もう少し回ってみることにします。
次はお茶の水~お茶の水~(駅員さん風に)♪

ニコライ堂



お茶の水に着いて、最初に向かったのがニコライ堂。興味があって一度来てみたかったけど、「今日行こう!」と思わないとなかなか行けませんよね(あれ、わたしだけ・・・?)

遠目にも映えるその堂々たる建築は、青い空にそびえていました。「わーギリシャみたい!」
と、思ったのもそのはず。ニコライ堂は、日本正教会の教会なのです。

ロシア正教とかギリシャ正教とかアルメニア正教とか、いろいろありますが、とにかくイエス様に始まる初代教会の流れを継承した教会が、○○正教だということです。

ニコライ堂は正式には、「東京復活大聖堂教会」といいます。ちょっといかめしい名前ですが。

ファサードのキリスト


ファサードのイエス様。よく見ると日本語の聖書を持っていらっしゃいます! 

内部の見学は、信者でなくてもできます。管理費300円を払って中に入れてもらいます。

内部は撮影禁止なので、写真は撮れませんでしたが、「これは一見の価値がある!」と、うなってしまうような光景でした。

歴史的文化財の中にいるんだという感動を覚えました。

しかし・・・とても騒がしくて、祈れる雰囲気ではありませんでした。もっと荘厳な感じを期待していたのですが、残念です。カップルが腰掛けて雑談をしているのも興ざめでしたが、受付のご婦人たちがずっとしゃべっているのも、聖堂内に響いていました。改善してほしいです、受付の方。

まあ、仕方ないか、観光地だもんね、と外に出ます。

湯島聖堂


次の目的地は、湯島聖堂。名前は知っていても、なかなか訪れるまでにはなりませんよね
(わたしだけ・・・?)

「聖堂」ってついていますが、教会とかではありません。(もしかして教会?って思っていたのは内緒)

江戸時代に儒学を教えていた学校で、孔子が祀られているから「聖堂」っていうのかな?(詳しくはHPで)


神田明神



せっかく近くまで来たので、神田明神にも足を伸ばします。湯島聖堂とは道を挟んだお隣さんくらいの距離です。

ここもいつかは訪れたいと思っていても、なかなか足を運べないところですよね(もういいから!)

山門


写真では見えにくいのですが、山門のところに平安時代の武士みたいな二体の像があります。神像って言うんでしょうか?

ん、神様を守るための神様・・・? 八百万の神だから、それでも矛盾はないのかもしれません。
この像、座っているのに妙に迫力があります。

お寺だと阿吽の金剛力士像とかあるところなのですが、神社だから神像なんですね、きっと。

神殿



全体的に朱に塗られた建物が多くて、かなり派手な印象。そこが生命力にあふれた感じでいいのでしょうか。

お土産屋さんは、結構ポップな品揃えで今風でした。伝統ある神社なのに古臭くないのは、現代のテイストをうまく盛り込んでいるからでしょう。

やっぱり名所と呼ばれる所には足を運んでみるべきだなあと思いました。

聖橋


浅草、小日向、お茶の水と回って、日が傾いてきたので、今日のお散歩はここまでにしたいと思います。

日差しが強かったせいか、あまり歩かなかったわりには体感疲労度が高いです(そんな尺度があるのかは不明)

聖橋を渡って帰途につきます。渇いた体にカルピスソーダがうまいっ♪

最後まで読んでくださって、ありがとうございます<(_ _)>ぺこり


インフォメーション
文京区公式サイトの観光案内
日本正教会公式サイト
湯島聖堂公式サイト
神田明神公式サイト


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