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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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 江戸きりしたんの光と影 ③

重要文化財の土偶

  <本日の主な訪問地>

 親指のマリアをめぐって

親指のマリアをめぐって

親指のマリアをめぐって


東京国立博物館に来るのは約一ヶ月ぶり。
こんなハイペースで再訪することとなったのは、博物館学芸員による講演が行われると知ったからです。

タイトルは「親指のマリアをめぐって」
あまり魅惑的です。学術的にはキリシタン遺物をどう位置づけているのかも知りたいし。

今回は夫と共に。だから写真も私だけの時よりいいものになるかと。
早速行ってまいります!!

講演が行われる部屋の扉

講演が行われる部屋の扉


夫のサッカー朝錬が終わってから向ったので、講演ギリギリに到着。最後久しぶりにダッシュしたせいで、ぜーはー言いながら着席しました。

場所は平成館の大講堂。先着380名しか入れないということで急いで来たのですが、席には余裕があるようです。

講演内容はとても満足のいくもので、学芸員さんという専門職を見直しました。国立博物館の学芸員ともなるともう研究者並みなんですね。

本館の照明

本館の照明


一番興味を引かれたのは、収蔵されているキリシタン遺物がどのような経緯で東京国立博物館にもたらされるようになったか。

ほとんどが長崎奉行所によって押収、保存されていた物で、それが長崎県→教部省→内務省社寺局→内務省博物局ときて、博物局所属の現博物館に引き取られることとなったのだとか。

今回は展示されていませんが、板踏絵については移管の際に、「往時残忍之所業ヲ追想セシムル」ものであり、外交上の問題もあるので陳列を差し控えるようにと条件が付けられたとのこと。

行(おこな)った側にも「残忍之所業」の自覚があったのね、と言いたくなりました。

講演のパンフレット
講演のパンフレット
講演のパンフレット
講演のパンフレット
講演のパンフレット
講演のパンフレット
講演のパンフレット
講演のパンフレット

 「キリシタンの祈り」、ふたたび

「キリシタンの祈り―ミサとオラショ」展

「キリシタンの祈り―ミサとオラショ」展


講演後、再びやって参りました「キリシタンの祈り―ミサとオラショ」展。

前回来た時は機械の故障で聞けなかったグレゴリオ聖歌(サカラメンタ提要に掲載されているもの)もヘッドホンで聞くことができました。

南蛮文化、とりわけ西洋音楽との出会いという切り口で展示が構成されていることを2回目にして悟りました。信長がヴィオラ聞いたよ、とか。

だから私みたいに先に違うテーマを持って見に来ている人にはちょっと物足りないのかなぁ。貴重な物を見せてもらえるだけで感謝ですけど。

ミサと聖歌について
ミサと聖歌について
ミサと聖歌について
ミサと聖歌について
ミサと聖歌について
ミサと聖歌について
ミサと聖歌について
ミサと聖歌について

聖像4点

聖像4点


入口すぐの所にある聖像4点はいずれも重要文化財。長崎奉行所の旧蔵品で、小さくて、縮尺のバランスが合ってない気がするけれど、惹きつけられます。

上部の両腕を欠いたキリスト像と下の左2点は象牙製。そのためヨーロッパではなくインドで作られたと考えられています。当時インドにアジア宣教の本拠地を構えていたのはイエズス会。来日したイエズス会宣教師の誰かが大事にしていた物ではないでしょうか。

下右のキリスト像は鉛製。長崎の遠見番役人所有の畑から出て来た物だとか。キリシタン遺物には出自が曖昧な物が多いのに、はっきりしているところが素晴らしいです。

聖像4点
聖像4点
両腕を欠いたキリスト像
両腕を欠いたキリスト像
下の3点
下の3点
いずれも重要文化財
いずれも重要文化財

マリア十五玄義図

マリア十五玄義図

マリア十五玄義図」(正式名称「紙本著色聖母子十五玄義・聖体秘跡図」)は、昭和の初めに茨木市の隠れキリシタンの家で発見された絵画。
屋根裏の木材にくくり付けられた竹筒からくるくると巻かれた状態で出てきたのだとか。
これは複製で、本物は京都大学総合博物館にあり重要文化財に指定されています。

本物もいつか目にしてみたいです。

マリア十五玄義図
マリア十五玄義図
切支丹銅版画
切支丹銅版画
切支丹銅版画解説
切支丹銅版画解説
天正遣欧使節記念メダル
天正遣欧使節記念メダル

親指のマリアに見入る女性

親指のマリアに見入る女性

「親指のマリア」を食い入るように見る女性。
私ではありませんが、男女問わずこういう感じで見入っている人を多く見ました。
なかなかシャッターチャンスがないと夫は嘆いておりましたが、人気があるのは良いことかと。
本物の持つ「何か」に心動かされることが、一つのきっかけになることを、シドッチもきっと願っていることでしょう。

最後の潜入宣教師
最後の潜入宣教師
シドッチが持って来た
シドッチが持って来た
聖母の画像
聖母の画像
「親指のマリア」
「親指のマリア」

 浦上キリシタンについて

正真正銘のマリア観音

正真正銘のマリア観音

市井に流布するニセモノのキリシタン遺物の最たるものがマリア観音。
それはもともと像自体が中国製の観音像で、形や様式ではマリア観音かどうかを区別することはできないのです。ただの観音像であるけれども、キリシタンが主を思い大切にしてきた場合に限り、それがマリア観音となるのです。

東京国立博物館のマリア観音像
東京国立博物館の
マリア観音像
東京国立博物館のマリア観音像
東京国立博物館の
マリア観音像
東京国立博物館のマリア観音像
東京国立博物館の
マリア観音像
東京国立博物館のマリア観音像
東京国立博物館の
マリア観音像

長崎奉行所の旧蔵品


その意味において、ここにあるマリア観音こそが正真正銘のマリア観音と言うことができます。それは本物のキリシタンたちからの押収品であるから。

東京国立博物館の収蔵品には長崎奉行所から移管されて来た物が多くあり、長崎奉行所は江戸時代を通じてキリシタンのお目付け役として、信徒を摘発し、所持している宗門道具を取り上げてきました。

長崎奉行所の旧蔵品であるこれらのマリア観音は、いずれも信徒宅から押収されたりした物で、中には誰が持っていたのかまでわかっている物もあります。

浦上キリシタンが所持していたマリア観音

浦上キリシタンの所持していた物


←の真ん中の像とすぐ下の写真の右前方の黒っぽい像は、キリシタン信徒である中之郷吉蔵が所有していたもので、「先祖共より持伝え信仰いたし来候」と証言しています。

中之郷吉蔵という人は浦上(うらかみ)村のキリシタンの内で中心的役割を果たしていた人物で、このように浦上村で隠れて信仰を守ってきた人々を浦上キリシタンとよんでいます。

この浦上キリシタンのすごいところは、禁教下で一人の神父もいないのに、250年もの長きわたりキリスト教の信仰を保持してきたことです。

浦上キリシタンの所持していた像

浦上キリシタンの所持していた像


その上、部分的に鎖国が解かれて外国人神父が長崎に教会を建てると、そこに代表者たちがやって来て信仰を告白し、見事に教会に復帰したのです。

これを「信徒復活」といい、世界宗教史上の奇跡だとされています。

これほどの長い期間を耐え忍び、信仰を代々守り通してこられた理由には信徒たちが自主的に作った組織の存在があります。

さまざまな知恵と工夫を凝らして、礼拝をし洗礼を施し、クリスマスやイースターを祝い、悲しみの節(四旬節)には主の受難を思って食を節するなどしていたというのだから驚きです。

これらは全部重要文化財

これらは全部重要文化財


しかし「信徒復活」がなされた時、日本は開国はしたものの、まだキリスト教禁令は解かれていませんでした。幕府の後を継いだ明治政府も禁教政策を引き継ぎました。

そのため「復活した」浦上キリシタンは信仰を捨てるよう強く勧められ、改心(棄教)しない者は西日本各地に分散して総流罪にされました。

信徒たちはこの試練を「旅」とよび、これもまた耐え忍んで戻って来るのですが、各地での劣悪な環境と厳しい取調べ(拷問)により、餓死者病死者が続出。配流された3394名のうち613名が亡くなりました。

今回展示されているマリア観音像10点は彼らと彼らの先祖たちの思いの込められた品々で、展示品全部が重要文化財に指定されています。

長崎奉行所旧蔵品
長崎奉行所旧蔵品
浦上キリシタンが所持していた像
浦上キリシタンが
所持していた像
マリア観音像
マリア観音像
マリア観音像
マリア観音像

 平成館の展示

重要文化財の短刀

重要文化財の短刀


「キリシタンの祈り」展の展示室2室でもう十分満足ですが、せっかく来させてもらったので他の物もちゃんと見ておこうと思います。

しばらく見ていて気づいたのは重文の多さ。国宝もあります。展示ケースに入って間近に見られちゃっていいのかなーと思うほど。

こういう宝には値段がつけられないから博物館でみんなで見るという形になるんだなと、世の中の仕組みについて考えたり。。

平成館では歴史的価値のある美術品が、これでもかというくらい堪能できます。

金銅五種鈴
金銅五種鈴
金銅五種鈴解説
金銅五種鈴解説

銅錫杖頭
銅錫杖頭解説
銅錫杖頭解説
蒔絵硯箱
蒔絵硯箱
蒔絵硯箱解説
蒔絵硯箱解説
蒔絵硯箱
蒔絵硯箱
蒔絵硯箱解説
蒔絵硯箱解説
天王立像
天王立像
天王立像解説
天王立像解説
羅漢坐像
羅漢坐像
羅漢坐像解説
羅漢坐像解説

外国の物も

外国の物も


外国の物も展示されています。こちらは重要文化財級とはいえないかもしれませんが、それでも世界各地から集められた特徴ある品々なので、学ぶところがあります。

ポリネシアとかの民族の物をあまりたくさん見たことがありませんでしたが、一見ユーモラスでかわいく見えますが、よく見ると呪術的な感じが。

シャーマニズム的な要素を色濃く残した文化なんでしょうか。

メラネシアの像
メラネシアの像
メラネシアの像解説
メラネシアの像解説
葬儀用飾り
葬儀用飾り
ワニ崇拝のために作られたワニ像
ワニ崇拝のために
作られたワニ像

和服の歴史

和服の歴史

再び日本の美に戻って、こちらは着物などの展示室。
和服の歴史を一望することができます。江戸の初期まで帯は3センチくらいで、成人女性は主に前結びをしていたのだとか。ちょっと驚きです。
最近和服を着るようになったので、興味深かったりして。

着物と帯
着物と帯
帯の解説
帯の解説
小袖
小袖
花車模様の小袖
花車模様の小袖

 本館は考古館

火焔土器

火焔土器


渡り廊下を通って重厚な趣の本館へ。

こちらには主に考古学的な物が展示されていますが、常設展示はあまり展示品の入れ替えをしない形になっていて、廊下を挟んだ反対側の部屋部屋で企画展が行われるシステムとなっているようです。

広い廊下にはロダンなどの彫刻とソファが置かれ、美術館のよう。建物自体も美術品みたいな感じですし。だから古い発掘品を見ているというより、アートを見ている感覚に近いかもしれません。

国宝の銅鐸
国宝の銅鐸
三角縁竜虎鏡
三角縁竜虎鏡
西アジア製のガラス碗
西アジア製のガラス碗
古墳時代の装飾品
古墳時代の装飾品

これも国宝

これも国宝


シルクロードを通ってきた外国製のガラス碗や器などからはロマンの香りが。きれいだし。

しかし日本古来の埴輪や土偶、石人などを見ていると、さっきポリネシア・メラネシア方面の展示物を見て感じたのと同じ感じを受けます。

呪術的というか、どこかちょっと恐ろしげな感じというか。古墳に埋められていた埴輪の、泣き笑いみたいな表情なんて、見ているうちにどんどん怖くなってきます。

勝手にそう感じているだけかもしれませんが・・・。未開の時代というのは精神的な闇が支配していた時代でもあったんだろうなと思いました。

埴輪たち
埴輪たち
石人
石人
陶棺
陶棺
植物文様
植物文様

細頸の瓶
埴輪たち
埴輪たち
泣き笑いする埴輪
泣き笑いする埴輪
屋根飾り
屋根飾り

 正岡子規記念球場

正岡子規記念球場の碑

正岡子規記念球場の碑


「なんだか駆け足でたくさん見たなー」という満腹感で館外へ。

今日は午後出発だったので上野公園を見て終了です。

歩いていて目に入ってきたのが正岡子規記念球場。上野公園内に野球場があったなんて。世の中知らないことが多すぎます。

行き来していても情報として目に入ってこなくて素通りしてしまうことが多いんでしょうね。

正岡子規記念球場の碑
正岡子規記念球場の碑
碑文
碑文
正岡子規記念球場
正岡子規記念球場
正岡子規記念球場
正岡子規記念球場

 天海僧正毛髪塔を見て

天海僧正毛髪塔

天海僧正毛髪塔

公園内でここだけはもう一回見ておこうと思っていたのが天海僧正毛髪塔。
前回来た時より囲いの倒壊が進んだのか立入禁止のロープが張られています。
時の権力者に重用されても死んだら石積みしか残りません。それを「空しい」と言って終わるのか、死んでからも残るものを探すのかが運命を左右するんだなと思いました。

天海僧正毛髪塔
天海僧正毛髪塔
灯籠と解説板
灯籠と解説板
立入禁止
立入禁止
倒壊しそうな囲い
倒壊しそうな囲い

小さな小さな祈祷書を



家に帰ってから
展示室で見た
あの小さな小さな祈祷書のことを
思い出していました。

ラテン語の聖歌が
変体仮名で墨書きされていて
丁寧に書かれたことが偲ばれる一冊。

書いたのは日本人。
この緻密な筆跡からして
つつしみ深く真面目な人だったかも。


どんな名前で
どんな顔をしてたかはわからないけれど
名前も顔もちゃんとあって
その人なりの思いで
一生懸命生きていたんだろうな。。

人はどんな心を持って生きるかが
一番大事ですね。

それがその人の人生のすべて
――時間やお金、愛の使い方を
すべて決めてしまうから。

そしてそこからの行き先も。

永遠への序章であるこの人生を
私らしく天の前で生きていきたいと思います。


今日もありがとうございました!!




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