本文へスキップ

キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

トップページ > 旅行記 > 涙で祈る、23区。④

 涙で祈る、23区。vol.4


  今日は大田区と目黒区と渋谷区を


            今日は品川区の旗の台から
            渋谷区までを歩く予定。

             道路地図を見ていたら
             渋谷にはたくさん教会があることがわかりました。
                
                  私が知らないだけで
                  日本には祈っている人が多くいるのかもしれません。

                   知らなかったことを悔い改めつつ

                   今日も、祈りにゆきます (*^▽^*)☆

            

日本基督教団洗足教会


東急の旗の台駅で下りて、日本基督教団洗足教会へ。

目の前の中原街道を車がびゅんびゅん通っていきますが、教会はじっとたたずんで、人々の営みを眺めているよう。

牧師さんは韓国の人なんですかね?
キリスト教のアジア圏での広がりを感じます☆

日本基督教団洗足教会

日本基督教団洗足教会

日本基督教団洗足教会

日本基督教団洗足教会

聖公会三光教会


大通りを渡って聖公会の教会へ!

「三光教会」って初耳ですが、かなり大きくて立派な教会です。

ミサの案内が英語で書かれていて、さりげなく英国を漂わせています♪

聖公会三光教会

聖公会三光教会

聖公会三光教会

聖公会三光教会

聖堂内


聖堂には人影はなく、静かに祈るには格好の場所。

ここが今日祈りを捧げるべき所として主が用意してくださった場所なのかも。

品川区にはたくさんの人がいるのだから、もっと主を知る人が増えますようにと。多くの人が改心して主の栄光となる街になれますようにと――。

聖公会三光教会

聖公会三光教会

聖公会三光教会

早めのランチ♪


前回でろでろに疲れてからランチにしたら、全然疲労回復しなくて、最後まででろんでろんだったので、今日は早めにランチにありつきたいと思います☆

モーニングセットがまだやってるくらいだから、ランチというよりブレックファーストですが。今日はラストまで体力持たせるぞっ p(*^-^*)q

 長原、そして洗足池へ!

カトリック洗足教会

カトリック洗足教会


再び東急に乗って長原駅へ行き、地図で探しながらカトリック洗足教会へ♪

カトリック教会だから中に入れるかなと思ってましたが、一般の人は無理そうです。

保育園が隣接しているから防犯上そうしているのかもしれませんね。子供たちの声が聞こえます。
カトリック洗足教会
カトリック洗足教会
カトリック洗足教会
カトリック洗足教会
カトリック洗足教会
カトリック洗足教会
カトリック洗足教会
カトリック洗足教会

日本基督教団長原教会


この際だからできるだけ教会は見ておこうと思い、日本基督教団長原教会へも足を伸ばしてみました。

住宅街の真ん中にあって、地域社会に溶け込んだ様子が見受けられます☆

この辺は高級住宅地みたいですね。

日本基督教団長原教会

日本基督教団長原教会

日本基督教団長原教会

日本基督教団長原教会

洗足池


さて、今度は洗足池駅で下車して、洗足池方面へと参ります。洗足池のほとりに前々から気になっている所がありまして☆

それは勝海舟のお墓。勝海舟は江戸城を無血開城させた立役者として有名ですが、晩年はキリスト教にも近く接した人です。

クリスチャンにはならなかったのですが、味方、あるいは保護者には十分なってくれた人なのです。


洗足池

洗足池

洗足池

洗足池

工事中!


近づくにつれて慌しい感じがしてきて、着いてみたら工事中でした Σ(□`;)アゥ!

入口とかきれいにしてくれてるのはうれしいんですけど、お墓が見られないとはトホホです。

お墓の横に徳富蘇峰(クリスチャン)の揮毫による碑もあると聞いていたので期待してたんですが・・・再訪を期します!

勝海舟のお墓

勝海舟のお墓

 池上本門寺など

大坊本行寺


今日は東急線にちょこちょこ乗って沿線の史跡をめぐっているのですが、次に下りたのは池上駅。

池上といえば池上本門寺。お寺の町というイメージですが、本当に寺寺寺 (゜0゜*)
本門寺に向う前に本行寺へ。日蓮上人入滅の地ですね。

キリスト教には全く関係ないだろうと思って訪れたのですが、解説板を見たらそうでもないとわかりました。このお寺には非公開ですが、天海の書状が残っているそうで。書状の内容は詳しく説明されていないのですが、天海と崇伝が身延山のお寺の後住職選びに干与したことがわかる内容だそう。

やっぱ天海と崇伝は家康のブレーンとして宗教界を牛耳っていたんだなと感じます。この2人が家康のキリシタン嫌いに拍車をかけ、キリスト教禁令を進言をしたのであり、崇伝はキリスト禁教令の起草者でもあります。

幕府の恩顧を受けた寺だからこそ、キリシタンに関する物が残されていたりもするんですね。このポイントは見落としてました。気づかせてもらえて感謝です☆


本行寺

本行寺にある天海書状

本行寺

本行寺

少し休憩☆


本門寺に入って境内のお茶屋さんでブレイク☆
甘酒をいただきます。
甘酒は江戸時代の滋養強壮アイテム。主に夏場に飲まれたようですが、この温かさは寒い冬にこそ有り難いかと。

昔からお参りに来た人が飲んだりしてたんでしょうね。遠く江戸の世に思いを馳せてみたりして。。(*´ェ`*)

池上本門寺石段


本門寺の朗報会館裏の施設に勝海舟が評議したことを記念する碑が建てられているようですが、部外者は出入りできなさそうな雰囲気なので諦めて、本堂などをさらっと見学。

ここには西郷隆盛率いる東征軍の本営が置かれていたことがあり、日蓮上人はもちろん、加藤清正など多くの歴史上の人物が関わっているので、史跡の集合体みたい。


西郷さんは聖書を読んで人にも薦めてた(西郷自身はクリスチャンではなかったけれど)人で、加藤清正はキリシタン大名小西行長と対立した人物。小西行長亡き後、行長の治めていた領地を受けるようになり、そこに残っていたキリシタンたちを迫害しました。

2008年に列福されたキリシタン殉教者たちの中で最初に処刑されたのは、加藤清正の領地のキリシタン。そう考えると、ここも清正ゆかりの地として、一度は訪れてみるべき所だったのかも。


池上本門寺

池上本門寺

池上本門寺

池上本門寺

池上会館


池上本門寺の長い石段を下りて、この地域に唯一ある教会(私が調べた範囲では)へ向おうかと思います。

途中にあるのが池上会館。ここは来たことあります。本門寺のすぐ近くにあったんですね☆

周辺のお寺もいろんなお坊さんの史跡地だったりするみたいで、石碑や解説板が建てられています。

周辺のお寺

石碑

周辺のお寺

解説板

日本基督教団大森めぐみ教会


お寺と墓地の塀に囲まれた小道をずっと進んで、坂道を登ると教会が♪

日本基督教団の大森めぐみ教会です。

この寺づくしの町で天晴れな尖塔。幼稚園もあるみたいですね。


日本基督教団大森めぐみ教会

日本基督教団大森めぐみ教会

日本基督教団大森めぐみ教会

日本基督教団大森めぐみ教会

めぐみ坂


外で遊ぶ園児たちの歓声に、一人微笑みながら坂道を下り、今来た道が「めぐみ坂」だったと気づきました☆

「めぐみ」とは神様の下さる喜び、祝福のこと。ここにも神様の「めぐみ」を感じて暮している人たちがいるんですね。

素敵なことだと思います (*゜v゜*)


めぐみ坂

お寺が多い

お寺が多い


 ハレルヤ、今井資料館♪

内村鑑三がいた今井館


またまた東急に乗って今度は目黒区へ。目黒区でも祈らねばということで!

やって来たのは都立学大学駅から徒歩10分の所にある今井館です☆

カッコイイ外観ですね。

隣は資料館


オレンジの建物は、内村鑑三がキリスト教の講義をした新宿柏木にあった建物を移築したもの。

隣の白い建物は資料館になっています。ここ、絶対来たかったんです。だから勇気を出して案内を乞うことに。ピンポーン!

資料館の方に「内村鑑三のことが知りたくて来た。斉藤宗次郎関係の物があったら見たい」と話すと図書室に案内してくれました♪

今井資料館


やがて館長さんが来て説明してくれ、欲しい資料などを下さいました。感謝です!!
これでこの先訪問予定の史跡もばっちり☆

今井館も案内してくれて、内村鑑三が使っていた講壇などを見学。中では音楽家の人たちがアンサンブルの練習をしていました。コンサートなども開いたりするようですね。

ほんとにたくさん時間を出し説明してもらい、貴重な資料をいただきました。内村鑑三が実際に使っていた物に触れたりできたし。帰ったらお礼状書こうっとヾ(@⌒▽⌒@)ノ

矢内原忠男邸跡


矢内原忠男邸が近くにあったと聞いたので、館長さんに場所を聞いて行ってみました。現在もご子息かご子孫が住んでいるみたいです。

今井館移築のお金はとある資産家の方が出してくれたそうですが、矢内原忠男邸にも近かったから良かったんでしょうね。

今はいいけれど今後は誰がどんな風に管理していくのか、ちょっとだけ気になるところですが・・・問題ないのかな☆


矢内原忠男邸跡

矢内原忠男邸跡

 目黒通り沿いを p( ̄ー ̄\)

三回目のブレイク


疲れる前に休憩しようということで、本日三回目のブレイクをば☆

お昼ご飯を食べましょうかね・・・って、今日ランチ2度目のような。。(〃^∇^)o_彡アハハハ

日本基督教団柿ノ木坂教会


目黒通りをてくてくと、ちょっと曲がって教会発見。日本基督教団柿ノ木坂教会です。

新しくてしっかりした建物で、全体的に都会風。都会に住んでる人が家族でおしゃれに通っていそう(勝手な想像ですが)☆


日本基督教団柿ノ木坂教会

日本基督教団柿ノ木坂教会

日本基督教団柿ノ木坂教会

日本基督教団柿ノ木坂教会

碑文谷


もう少してくてく歩いて(かなりの距離ですが・・・)、碑文谷に到着。ここのダイエーは高級スーパーという感じです(何度か来たことが)。

この「碑文谷(ひもんや)」という地名が「ヒモンヤス」という外国人の名前に由来するという説がありますが、どうなんでしょ?

碑文谷の交差点から伸びているのがサレジオ通り。こちらは外国名由来の名前です。行ってみましょう♪


サレジオ通り

サレジオ通り

サレジオ通り

教会!

カトリック碑文谷教会


しばらく進むと印象的な外観の建物が見えてきます。カトリック碑文谷教会です。

カトリック修道会のサレジオ会が運営しているから、カトリック碑文谷教会はサレジオ教会ともよばれています。それでの通りはサレジオ通りなんですね☆

この教会ができたのが1954(昭和29)年で、ちょうどその頃、江戸時代に来日した宣教師が携えて来た絵が発見されました。本物は国の重要文化財に指定され東京国立博物館にあるのですが、この教会にはその複製があるのです。


サレジオ教会

サレジオ教会

解説板

ミサ案内

聖堂内


それを見てみたいと思って来たのですが、まずは聖堂内でお祈りを。

ヨーロッパの古い教会堂に似てますが、それとも違う、和のテイストを感じる聖堂です☆

祭壇


祭壇には十字架上のイエス。彫像なのですが、一見絵のように見えます。イコンのような感じ。色合いも構図も。

天井画やステンドグラス、隙間なく描かれた壁の絵などが、ギリシャの聖堂を思い起こさせます。

ギリシャの古い聖堂は使徒時代のすぐ後の時代に建てられているから、それに似ているということは、原始キリスト教のイメージなのかも (*゜.゜)キレイ


聖堂内

祭壇

祭壇上部

天井

ステンドグラス

後方

ステンドグラス

放蕩息子

江戸のサンタマリア


目指す絵は聖堂脇の小入口の目の前に掲げられています。この聖母画を東京国立博物館では「親指のマリア」としていますが、ここでは「江戸のサンタマリア」と呼んでいるようですね。

1708(元禄5)年に日本にやって来た宣教師シドッティは、江戸時代最後の伴天連(ばてれん。神父を表すポルトガル語「パードレ」がなまったもので、主に外国人宣教師のことをそう呼んだ)。

最後の伴天連シドッティと新井白石


シドッティは鹿児島に上陸後すぐに逮捕され江戸に送られました。そして切支丹屋敷に幽閉され、そこで儒学者の新井白石と対面するようになったのです。新井白石は取り調べする中で、シドッティのすぐれた知識と人間性に気づき、感銘を受けたといわれています。

もちろん禁令下のことなので、表立って褒めちぎったりはしていませんが。新井白石はシドッティの本国送還を上策として進言しましたが、それは受け入れられず、シドッティは切支丹屋敷に閉じ込められたまま亡くなりました。

シドッティが特に大切にしていた「親指の聖母」


キリシタン関係の物は大部分が処分されてしまったのですが、この絵は長崎奉行所に送られ、そこに収蔵されていました。近年になって長崎奉行所のキリシタン関連資料が国立博物館へと移管されることとなり、この絵が発見されたのですが、どんな経緯で日本に持ち込まれ、押収されるようになったのかがわかりませんでした。

しかし新井白石がシドッチの携行品を詳しく調べて記録を残していたので、それが元になって、シドッチが特に大切に持って来ていた物だと判明したのでした。

1954(昭和29)年、この聖堂の落成を記念して、4ヶ月の間本物の「親指の聖母」がこちらの教会で特別公開されました。その後はレプリカが聖堂横入口の正面に掛けられているのですが、これをお目当てに訪れる人が後を絶たないようです。

私は東京国立博物館で本物を見たけれど、聖堂内にあるのとは何かが違うので、こちらで見上げるのもいいなと思います♪


「親指の聖母」

「親指の聖母」

入口

聖堂横入口

 都立大、代官山、そして渋谷へ

大岡山東住区センター


カトリック碑文谷教会からは大通りを通らず都立大学駅まで歩きます。実はこの辺りに昔住んでいたことがあって、土地勘が少しあるのです。

その頃はキリシタンにも日本の歴史にもあまり興味がなくて、カトリック碑文谷教会まで来たことがなかったんだから呆れたものです (;^_^A

目黒区の散歩道

大岡山東住区センター

都立大学駅

代官山ヒルズ


またまた東急に乗って代官山へ。駅下りるの初めてです。

すごーい、都会風でおしゃれ。
己のダサさが急激に悟れます(;´д`)

街をバックにモデルさんがポーズをきめ、カメラマンが写真撮ってます。おお、ファッション雑誌ってああやって作ってるんだ。

代官山

代官山

代官山

代官山

東京バプテスト教会


ま、悔い改めて祈るために来てるんだからダサさは気にしないことにしましょう。永遠にダサくなってしまわないように、この心と人生とを美しく!(できたらいいなっ)

おしゃれストリートを行くと右手に東京バプテスト教会を発見。日本バプテスト連盟の教会で、アメリカの南部バプテスト連盟にも所属しています。

南部バプテスト連盟はテレビ伝道師として超有名なビリー・グラハムのいるところですね。アメリカンな感じはそこから来てるのかな。


東京バプテスト教会

東京バプテスト教会

東京バプテスト教会

東京バプテスト教会

カトリック渋谷教会


少し歩いてカトリック渋谷教会へ。

「渋谷」のイメージとはほど遠い、素朴さと静謐さ。

何と素晴らしい教会でしょう☆

渋谷区のお祈りはここで決まりです。

カトリック渋谷教会

カトリック渋谷教会

カトリック渋谷教会

カトリック渋谷教会

日本基督教団聖ヶ丘教会


思いっきり祈れてすっきり☆

あとは道路マップに出ていた渋谷にある教会を一通り回っておしまいにしましょうかね。

こちらは日本基督教団の聖ヶ丘教会。少し道の入り組んだ所にあるので、小さな教会かと思いきや立派なビルディングです!

日本基督教団聖ヶ丘教会

日本基督教団聖ヶ丘教会

日本基督教団聖ヶ丘教会

日本基督教団中渋谷教会


続いて同じく日本基督教団の、今度は中渋谷教会。

初めて来る人にはちょっとわかりにくい立地でしょうかね?

でも信徒さんが熱心に活動してる様子がうかがえます。礼拝案内とか気合入った感じだし☆


日本基督教団中渋谷教会

日本基督教団中渋谷教会

日本基督教団中渋谷教会

日本基督教団渋谷教会


「中渋谷」があるってことは・・・と思ってましたが、やはりありました、日本基督教団の渋谷教会。

青学に行く途中にあって、すんごいビル。デザインもカッコよくて新しいです。

誰か有名人とかも通っているのかな?


日本基督教団渋谷教会

日本基督教団渋谷教会

日本基督教団渋谷教会

日本基督教団渋谷教会

青山学院大学


ここまで来たので青学にも寄りましょう♪
ここで神様の心を痛めた人もいることでしょうから。

ミッション系でキリスト教教育もしていると聞きますが、青学ブランドに憧れて入学する人も、入らせる親もいるんでしょうね。

渋谷の繁華街に誘われて肉に生きてはいけませんよー。あー、寒い(気温2℃)。


青山学院大学

青山学院大学

青山学院大学

青山学院大学

国連大学


向かいにあるのは国連大学。やっぱカッコいいですね。街がカッコいいから、それでもっとカッコいいものが集まってくる。

街を形作っていく要素というのは、利便性もそうだけれど、人間の心の方がもっと大きいウェイトを占めるだろうから、その流れが「きてる」所が発展するのかも。

水のように流れる人の心を、神様の方向に向けさせるには、一体どんなことをしたらいいんだろう (*゜・゜)?


青山

青山

青山

 嗚呼、渋谷・・・!

日本基督教団美竹教会


嗚呼、渋谷! 思ってた以上に教会あります!!

今度は日本基督教団の美竹教会。ここも立派な建物です。このような建物を建てられるということは、それだけ経済的基盤がしっかりしているということですよね。

つまり教会を支える熱心な信徒さんがたくさんいるということで。それがすごいと思います☆


日本基督教団美竹教会

日本基督教団美竹教会

日本基督教団美竹教会

日本基督教団東京山手教会


ラストは日本基督教団の東京山手教会。ここだけは以前から知ってました。買い物に来ると目に入るから。

「こんな所に教会あるんだー」と思いながら通り過ぎる人が、一日にどれくらいいるでしょう。きっと物凄い数だと思います。

でも自分で扉を押して入って行く人はほとんどいないのではないでしょうか。私がそうだったように・・・。

こんなにたくさん教会がある渋谷の街。道路マップに載ってるだけでも相当な数なのに、私の知らない小さな教会まで合わせたらどれくらいでしょう。


東京山手教会

東京山手教会

東京山手教会

渋谷の街


今は歓楽街となっている一帯に国木田独歩や山路愛山(どちらもクリスチャン)の家があり、プレートがあると本に書いてあったので来てみましたが、見つからず;;

国木田独歩が住んでいた頃の渋谷は「渋谷村」で、代表作の「武蔵野」はここから東京郊外へと出かけて行って田舎の風景を見て書いたもの。

独歩の頃の渋谷は今の武蔵野よりも田舎だったでしょうね。今も昔も若い人が集まって、何かを掴もうともがいているのは同じだけれど。

神泉駅で4度目のブレイク


駅の名前に惹かれて神泉駅まで歩いてみたら、疲れきってしまい、予期せぬ4度目のブレイク。これも何かのご縁と思って、この周辺であったであろう様々な悲しいことのために祈ります。

人は一寸先もわからないのに、自分の判断が最良だと思って選択してしまう愚かな生き物。自分の意志で選んだつもりが、ほんとは欲に引っ張られてただけということも後でわかったりするのです。道を踏み外してしまった若い人たちのために・・・、鎮魂歌を歌いましょうか。





      今をどう生きるか


      自分の好きなことを全部やって、好きなように生きて
      困ったときだけ、急に主を探す人が多いです。神様を信じていても。

      それでいて問題が解決して、無事平穏に過ごせるようになると
      あっという間に苦しかったときのこと、願い求めたことも忘れてしまう。
      喉もと過ぎれば熱さ忘れるというけれど。困ったものです。

      まるで、トイレに行きたいときには強烈に探し求めるけれど
      用が済んだら2度とも振り返らないのと同じ。これを――
      日本人がしてしまわないといいんですが。

      震災で私たちが学んだことは大きかったはず。忘れるとしたら
      あの多くの人たちが遺してくれたものを無駄にしてしまう。
      震災後の今をどう生きるかがとても大切なような気がします。




                                          NEXT >>