本文へスキップ

キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

トップページ > 旅行記 > 関東激走☆わが祈りよ風になれ①

 関東激走☆ わが祈りよ 風になれ ①

  <本日の主な訪問地>

 春の房総へ♪

首都高を抜けて千葉へ

いつか行けるだろうと思って後回しにしていた東京周辺のキリシタン殉教地。

「いつか」と思っていてはいつまでも行けないということに気づき、このゴールデンウィークの目的地に定めました。

生憎の雨模様の上風も強くて、ハンドルを握る夫は大変そうですが、どんまい ヾ(*゜∇^*)ノ~ネッ

春の房総を満喫できるといいなぁ♪

木更津の殉教地

オープンしたての木更津アウトレットパークへに向う車の行列を尻目に、私たちが最初に向ったのは木更津の殉教地。

1632(寛永9)年に一人のキリシタンが処刑された所です。実際には詳しい場所はわかっていませんが、この辺りだろうとされている所に来てみました。

水田地帯の一角で、小櫃(こひつ)川のほとり。近くには景清という人の陣屋跡が神社になって残っています。

千葉に殉教地があるだなんて、地元の人も知らないかも。私も最近まで知らなかったんですけど、、、知ってみると認識観が変わりますね。


木更津の殉教地

木更津の殉教地

景清陣屋跡

景清陣屋跡解説

 久留里城へ☆

久留里城

旅のスタイルとして、というか性格的に、私は一番行きたい所を最初に行くタイプ。

なので、木更津の殉教地を訪れた時点で今日の目的は達成したも同然なのですが、ここで終えてはあまりにもさびしいので(そりゃそうだ;;)、千葉に来たら行ってみたいと思っていた所をナビに入力。

向うは君津市にある久留里城。江戸時代には久留里藩だった所で、新井白石の出身地なのです。房総半島のど真ん中に向けてくねくねの道をくねくねと上って、無事久留里城を発見!

久留里城の登り坂

駐車場に車を停めて、晴れ間ののぞく空の下、新緑に眼を細めながら本丸跡へと向かいます。

しかし、この登り坂、傾斜はそれほどではありませんが、結構長くてびっくりです ・゜゜・(×_×)・゜゜・。

ハイキングに来る健康的な家族連れとかにはいいんでしょうけど、史跡だけさっくり見たい私みたいな軟弱な者には不向き。

結局本丸跡には夫にだけ行ってもらって、私は二の丸跡にある久留里城址資料館で留まることに。こんなんで巡礼になるのか、トホホという感じです・・・。


城山の高さ

別名は雨城

野鳥探索ができる

つつじが散って

久留里城址資料館

久留里城址資料館も、外観に城テイストを交えているので、城跡気分を味わえます☆

資料館の隣には新井白石像。白石はこの町のアイコンと言っても過言ではなさそう (*゜.゜)

資料館にも白石自筆の書簡などが収められていて、これが一番の目玉となっています。

しかし白石が最後の宣教師ともいうべきシドッチを尋問した人物だとは紹介されていませんでした。顕彰活動には力を入れていても、負とも捉えられる事柄には無関心なのかな?そんな邪推も浮かんだりして。


新井白石像

新井白石像の台座

三の丸位置図

三の丸跡

久留里城跡

そしてこちら(←)が、夫だけが見てきた本丸跡に再建された久留里城。写真を見て、やっぱ行くべきだったなと後悔;; 
体力をつけたいです・・・ヽ(TдT)ノ

こんなヤツを巡礼に行かせるなんて、人選を間違ったなと神様に言われないようにせねば。

まずはかるーい運動からねっ♪(その考えが甘いのかっ!?)



本丸天守台跡

再建された久留里城

天守からの眺め

新井白石居宅跡

お城を下りて、次に向かったのは新井白石が住んでいたとされる場所。

「史跡 新井白石居住之地」と刻まれた大きな碑が、公民館(安住公会堂)の敷地に置かれています。

白石は青年期までこの、言っちゃ悪いけれど山の中の、城下町ではあるけど、都会の文化が浸透しているとは思えない地域で暮らしていたんですね。

それでも蘭学とかに通じていたというのは、藩主らが英明で文化的基盤が整えられていたからでしょう。


新井白石居住之地碑

新井白石旧居解説板

安住公会堂

敷地は子供の遊び場に

 房総半島を突っ切って

大多喜城の駐車場

今日は木更津から房総半島を横断する形で御宿まで向う予定なのですが、思ったより山が急峻で道が細いのがネック。

夫の運動神経を信じてハンドルさばきに身を委ねるしかありませんが、ハラハラするので途中から目を閉じてました;;

そうこうしながら到着したのが大多喜城。御宿に漂着したフィリピン総督ドン・ロドリゴも訪れた城です。

駐車場から天守が再建されている所まで少し歩きますが、道が緩やかなので楽勝 ヽ( ´ ▽ ` )ノ♪


大多喜水道

大多喜水道の解説板

大多喜城解説板

城への道

大多喜城跡



大多喜城は久留里城と同じ山城で、高低差を利用した縄張りが特徴。
防御のための空堀を脇に見ながら、上に行くほど本丸に近い曲輪が現れます。
本丸跡には白亜の大多喜城が☆
私にとっては本日最初の城建築。テンション上がります!!


空堀

空堀の解説板

再建された大多喜城

大多喜城の石垣

城の中は資料館


本丸跡に再建された大多喜城の内部は資料館になっています。

藩主、本多忠勝と本多忠朝(ただとも)や座礁し領内に漂着したサン・フランシスコ号についての解説展示は勉強になります。

また大多喜町指定文化財のマリア観音も見られて良かったです。この白磁の観音像は下大多喜の行屋堂にあったもの。

大多喜に来たら見てみたいと思ってましたが、どこにあるのかわからなかったので、ここで出会えてラッキーでした☆

天守から城下を望む

展示室は撮影禁止ですが、撮影許可エリアと外は撮ることができます。

さて今回大多喜を訪れたのは、1609(慶長14)年にあったサン・フランシスコ号難破にまつわるエピソードを本で読んだから。

詳しくは下の写真「メキシコ通りの由来」を参照くださいまし☆

クリスチャンにとって家康といえば禁教令、禁教令といえば家康ですが、一方ではこんな温かい事件も起こっていたんですね。知っておきたい歴史です。


城内の体験コーナー

兜、重っ!!

メキシコ通り

メキシコ通りの由来

 大多喜高校生に癒されつ。。

大多喜高校へ

資料館を後にして、大多喜城の三の丸跡にある大多喜高校へ。この辺りの道がメキシコ通りと命名されています。

道端で写真を撮っていると、大多喜高校生らしき町人に「こんにちはー」と挨拶されてびっくり。道で人に会ったら挨拶しましょうと言われてるんですね、きっと。

都会に出て行ったらどうするんだろう?と心配になりつつ、防犯的効果は抜群だろうなと感心したりして☆

ついでに言うと、千葉にこんなに素朴なエリアが存在しているとは思っていなかったので、うれしい発見というか・・・とても癒されます♪

薬医門

大多喜城の史跡、薬医門と大井戸が高校の敷地内にあると知り、見てみたいとは思うものの、勝手に中に入っていいのかなーと迷うこと数分。

ええいままよと、門をくぐっていくと、やはり生徒たちからの明るい「こんにちはー」が飛んできました。

期待を裏切らないこの展開を利用して、史跡の場所を聞いてみると、親切かつ丁寧過ぎるほど丁寧に、純朴そうな青年が答えてくれました。

広々とした校内に青々とした緑。良い人間が育たないはずはないと思ってしまう環境です。ここからいいクリスチャンも出てくるといいなと、お祈りを振りまいて(振りまくものなのか分からないけど^^;)きました☆


薬医門

薬医門解説

大多喜城と大井戸

大井戸の解説

良玄寺と大円寺

こちらは良玄寺 大多喜町には大多喜メモリアル・ルートという史跡めぐりのポイントが設定されていて、隣り合わせに建っている大円寺と良玄寺は両方が登録されています。

大円寺には樋口一葉を半井桃水に紹介したという一葉の友人のお墓があり、良玄寺には本多忠勝夫妻と本多忠朝のお墓。

本多さんのお墓が見たくて来たのですが、ついでに大円寺も見られて得した気分☆
知らないこと多いなぁ、と思ったりして・・・(^▽^;)


大円寺

大円寺解説板

良玄寺
良玄寺解説板

その名も忠勝公園!

本多忠勝夫妻と本多忠朝のお墓は、良玄寺の境内なんでしょうけど、境内から独立して隣接した感じになっちゃってる忠勝公園の方にあります。

「忠勝公園」の「忠勝」とは、本多忠勝の「忠勝」。当たり前なんですけど、そのまま過ぎるネーミングに、なんというか・・・(━_━)ゝコレデイイ?

お寺の境内って感じより公園って雰囲気にした方が、憩いの場になっていいと思ったんでしょうか。解説板説明は簡潔かつ客観的でグッドだと思います。


解説板

本多家墓所

本多忠勝墓碑

本多忠朝墓碑

 いざ御宿へ!!

田園風景を抜けて

大多喜の田園風景に立ち去りがたいものを感じながら、今度は海岸の方へ向かいます。目指すは御宿。

夏とサーファーのイメージですが、春だからこそゆっくりと訪れることができるというもの y(^ー^)y

それにしてもピーヒョロロ、ピョロピョロルルルと風に乗って聞こえてくる小鳥たちの鳴き声が、耳に心地よいです♪

都会の生活に慣れきった私は、反射的に「どこかにスピーカー仕込んであるのかな?」と考えてしまうんですけど;;

日西墨三国交通発祥記念碑

まだ水は冷たいだろうに、御宿の海岸沿いの道はサーファーなる人種の車でいっぱい。へそ出しファッションも見受けられます(私がやったらハラ出しだ;;)

海岸から一気に山に登る道をたどっていくと、空にそびえるオベリスク! 「日西墨三国交通発祥記念碑」が見えてきました。

午前中とはうってかわった青空の下、白い碑が光を受けて輝いています ヾ(@⌒▽⌒@)ノ
はぁ、ステキ!! 思わず走りだしてしまいました☆


駐車場から

日西墨の国旗

日西墨三国
交通発祥記念碑
大統領も訪れたらしい

碑と像



素晴らしいなと思ったのが、岬の突端に置かれた像。
サン・フランシスコ号の難破の際に、住民が漂着者を体温で温めるために抱きしめたことを記念したものです。
危難を通して大事なことに気づき、人を結びつける縁を主がくださったように思えてなりません。


記念碑について

記念碑の解説

記念像

見下ろせば海

岩和田海岸



記念碑のある山を下りて海岸線へ。車で5分ほど行った所に岩和田海岸があります。
ここがドン・ロドリゴらが漂着した海岸。
晴れていても風は強く、潮を含んで重たい感じ。
難破した時の荒れた海を思うと怖くなります。


ドン・ロドリゴ上陸地入口

脇の小道を進む

解説碑

岩和田海岸

大宮寺跡に建つ大宮神社

次に向うは大宮神社。スペイン人たちが宿泊した寺(大宮寺)の跡に建てられた神社です。

救出されたスペイン人は300人以上にも上ったので、何ヶ所かの寺に分かれて泊ったはずですが、(私のリサーチでは)わかっているのはここだけです。

その頃彼らを受け入れた村人の方も三百数十人しかいなかったのですから、泊めて食べさせるだけでも大変なことだったと思います。

今はうら寂しい神社だけど、この境内の巨樹たちは異国からのお客さんを目撃していたかもしれませんね。


大宮神社

境内の石造物

草に埋もれた石造物

巨樹

岩瀬酒造

御宿で最後に訪れたのが岩瀬酒造。サン・フランシスコ号唯一の遺構ともいわれる帆柱が、ここの梁に利用されていると何かの本に書いてあったので。

岩瀬酒造は道路地図に載っていたので、なんとかたどり着けましたが、思っていたより閉鎖的な雰囲気(酒屋さんの明るい店先をイメージしてた^^;)で、人気(ひとけ)もなかったので、写真だけ撮っておいとますることに。

でもサン・フランシスコ号のことが書かれた看板があったので、町の歴史を知らせる活動をしているのかも。


岩瀬酒造入口

帆柱が梁に使われてる
のはこの建物?

それともこっちかな・・・?

入口の看板

さて、ここからは気楽に行きますか♪

成田に向かいつつ

いいコメがたくさん取れそうな水田を眺めていると、白鷺の姿もちらほら。写真(←)ではわかりにくいですが、田んぼの中を散歩中です♪

さてここからは言わばおまけ。今日行きたいと思っていた所には行けたので、宿泊地である成田に向いつつ、その道筋にある教会によって行こうと思います。

千葉には国の登録文化財に指定された教会建築がいくつもあって、それだけを回っても充実した旅行ができそう。

まずは茂原へ (/*⌒-⌒)o レッツゴー!!

茂原昇天教会



住宅街にひょっこり現れる茂原昇天教会は、日本聖公会の教会。
昭和初期に建てられたこの建物は国の登録文化財に指定されています。
感謝すべきことに、中に入ってお祈りすることができます。
千葉に来られたことにまず感謝。そして救いのために祈ります。


教会入口

教会案内

側面から

礼拝堂内

礼拝堂の窓

祭壇

登録有形文化財

隣の新しい教会建物

 九十九里にも登録有形文化財の教会が

日本基督教団 九十九里教会

今は山武市となった地域にも国の登録有形文化財の教会があります。日本基督教団の九十九里教会です。

張り切って訪れてみましたが、「国登録有形文化財」のプレートがなくて、ちょっと不安に駆られます・・・。えっと、ここだよね、ちゃんと教会名書いてあるし。

もう5時を過ぎているからか扉は固く閉められていて、中の様子をうかがうことはできませんが、私の下調べが合っているなら、ここにはヘボンさんやフルベッキさんが訪れたことがあるはず。

とっても大切な歴史の地なんですが、それを味わえるものがないので、ちょっと残念かも;;
教会の方には、その教会の歴史を証することを、是非をお願いしたいです。


教会入口

九十九里教会

年季の入った柱

隣の新しい教会建物

 最後はハリストス教会!!

須賀ハリストス正教会



この日最後に訪れたのが須賀ハリストス正教会。
田園地帯の真っ只中に忽然と現れますΣ(・o・;)
「こんな所に教会ある訳・・・あった!!」という感じ。
民家の屋根の向こうに見える正教会の十字架を夫が見つけてくれたおかげでたどり着けました◎

教会内には山下りんのイコン


建物は新しいものですが、内部には山下りんのイコン(聖画)が10面もあり、これが県の有形文化財に指定されています。

このイコン、教会の信者さんたちはいつも見ているんでしょうけど、一般の人が拝観できるのは限られた日のみ。HPをチェックして訪れるしかないようです。

有形文化財に指定されるようなイコンを日本人女性が描いたということに、私としては心惹かれます。

江戸末期に茨城県に生まれた女性が単身ロシアに渡って技法を学び、帰国して聖画制作に一生を捧げたなんて、ドラマになりそう。いえ、下手なドラマよりずっと心を打つ、本物のドラマです。


教会

定礎の碑

千葉の魅力500選

解説板

正教会の十字架

教会建物
教会前の景色
夕暮れの水田

今日はいいものを・・・ 


成田のホテルにチェックインし
寝る前に一日を振り返りました。

殉教地から始まった旅程だったけれど
山城で隠れた歴史に触れ
新緑の鮮やかさと
ひばりの歌に心を解かれて

人々の優しさを感じ
友好のエピソードに涙し
穏やかな田園風景に目を細めて・・・

今日はいいものを見せてもらったなと
しみじみ&しみじみ♪

明日もいい日になりますように!
感謝しておやすみなさい <(゜ー^)ノ^*・'゜☆。.:*:・'☆'・:*:.。.:*:・'゜:*:・'゜☆



インフォメーション


                                          NEXT >>