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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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サムライたちの遥かな祈り part3

  <本日の旅程と訪問地>

 山形
  ↓
 仙台へ
 仙台
  ↓
 東京へ

仙台へ

仙台へ


今日は友人に会うために仙台へ。山形の人たちと共に向かいます☆

途中、「笹谷峠」という文字を見つけてびっくり。ここって、昔宣教師たちが通っていたルートです!!

現在はトンネルで行く道を、宣教師たちは峠越えしてたんですね。昔も今も同じルートで行き来してるなんて、ほんと不思議な感じです (゜0゜*)!!

日本聖公会仙台基督教会


仙台に着いてコンビニを探していると、教会を発見。日本聖公会の仙台基督教会です♪

仙台ってやっぱり教会多いですね。東北一の街だから主教座教会も置かれているし、クリスチャン人口も多いと聞きます。

キリシタンといえば長崎で、開国後は横浜に続々と宣教師がやってきたので、日本で一番クリスチャンが多いのが、長崎、次いで横浜といわれていますが、仙台はその次くらいです。

東北は禁制下でキリシタンが逃れてやってきた地域で、最後の花を散らした地。その祈りがあるのかもしれません。


日本聖公会

仙台基督教会

教会解説

礼拝案内

いざ東京へ

                                                              

旅行を振りかえって・・・



友人の教会で礼拝を守り、懐かしい顔と語らうひと時を持ちました。
去年お世話になったM姉さんにも再会できて感激♪
変わらない方を信じたおかげで
変わらない縁をいろんな人と結べるようになりました。

今回の東北旅行、、、もはや毎年恒例の巡礼ですね。
有難いことに無事、恵み深く行って来られました☆     
東京行きのバスの中
感謝と共に振り返ってみたいと思います ∬´ー`∬♪         

なんだろう、この感じ・・・?

そう感じ始めたのは酒田。
長崎の港を発った宣教師が
73日の航海を経てたどり着いた港。
宣教師の手引きをしたのは
酒田湊の豪商だったか
それともキリシタン武士だったか。

来るほうも、迎える方も命がけ。
すでに日本は禁教下だったから。
キリシタンの隆盛と衰微
すべてを見ていたであろう巨木は
何も語らない。

観光客は笑いさざめきながら
殉教地を通り過ぎていく。
だけど
キリシタンたちが祈った地から
今も命が生まれてる。

それがどれほど大きな証か
私の心が
何かを掴んだ。

「ここ、僕んちに向う最後のコンビニです」
「この道使って練習に通ってました」
「家のすぐそばです。歩いて行きましょう」
普段ならスルーしてしまうくらいの
ささいな会話が
脳裏に明滅する。

意味があると・・・
私が調べて行きたいと思っていた所は
彼ら、彼女らの生きてきた場所。

それは主が彼ら、彼女らに
目を注いでいた地ではなかったか。


私たちは歴史を知らず
自分たちのことも知らなかった。
主を知らなくて
愛の瞳が見つめていることも知らなくて

芯から孤独を
味わうこともあった。
だから
悟らせてくださったのだと

わかるようになった。


殉教地。
――それは自分を見つけるために

神が私に
行かせた場所かもしれない。
この命の過去と未来を
永遠なものに結びつけるために
神が私に
語りかける場所かもしれない。

感謝をこめて・・・



もう一つ気づいたのは                
宣教師たちの気持ち。

あの偉大な人たちは
何をどう思って
寒さと痛みを耐え忍んで
宣べ伝えたのだろうと思っていたけれど・・・。

3日間車内で山形人たちと話しているうちに
自分の感覚で理解できるようになりました。

話しているうちに熱くなり過ぎて
涙ぐんだりもする、あほな私に
心情を合わせて聞いてくれて
一緒に涙する山形人たち。

傍から見ればなんともお目出たい光景ですが
後でしみじみと感じました。
「宣教師たち、うれしかっただろうな」と。




言葉もままならぬまま熱心に伝える彼らと
一生懸命話してくれる彼らの思いを受け取って
ありがたく思う信徒たち。

そこには他のものとは換えることのできない
喜びと感動があったのだと
身をもって知りました。

そんな体験ができたのも主の導きのおかげです。
すべてのことに感謝して筆を置きたいと思います☆
感謝をこめて・・・


★あ(^-^) り(-^ ) が(  ) と( ^-) う\(^0^)/★




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