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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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 風薫る5月に part5

ザビエル公園の記念碑

  <主な訪問地>

 最終日は山口周辺を♪

白鳥だよ今日は泣いても笑っても最終日。
夕方の新幹線で帰ります。
4泊もしているのに、なかなかゆっくりはできないものですね。
まだまだ行きたい所がたくさん残っています。

ほんの数時間しかいられないので
山口周辺を各駅停車の電車とバスでめぐります。
最後まで意味ある場所にいけますように♪

 まずは湯田温泉へ!

湯田温泉駅

湯田温泉駅


ホテルをチェックアウトして、向ったのは湯田温泉駅。黄色い車体がとってもステキな各駅停車の電車に揺られてゆきます。

ホームいっぱいに咲く満開のつつじに出迎えられて、幸先よいスタートを切ることができました♪

しかしここから向うのは、殉教地。気を引き締めてゆかなくては。一般の犯罪人も処刑されていた一本松刑場と呼ばれるその場所は、現在刑務所となっています。

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各駅停車の電車
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ホームいっぱいに
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つつじが
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満開♪

一本松刑場だった所

一本松刑場跡


殉教者の名はダミアン。2008年に列福された一人です。ダミアンは盲目でしたが、強い信仰の持ち主で、この地域のキリシタンたちのリーダー的存在でした。

しかしキリシタン集団の解体を狙った毛利輝元は、ダミアンの処刑を命令。役人たちはダミアンを湯田に連れ出して、この辺りにあった刑場で斬首し、遺体をバラバラにして山や川に捨てました。

ダミアンの死を悼んだ信徒たちが、遺体を見つけて長崎に送りましたが、長崎にも危険が迫ったので、イエズス会の拠点が置かれていたマカオに持っていくようになりました。

現在その遺骨は、他の殉教者らと一緒にマカオの聖ポール天主堂博物館の納骨堂に納められています。

高田公園

高田公園


朝一番に人気(ひとけ)のない刑務所周辺をうろうろし、写真を撮ってお祈りしてきた変わり者夫婦(私たち)。

徒歩7分ほどの所にある高田公園に来て、やっと現実に戻ってきたような気がしました。温泉宿の浴衣姿の人に、公園を掃除する元気のいい中高年の方々。

やっぱり温泉街なのね、湯田温泉っていうだけあって(当然ですが^^)。

高田公園は井上馨の生家跡地です。郷土の文化人を広く顕彰する場となっているらしく、種田山頭火の句碑や中原中也の詩碑なども建てられています。

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井上馨の旧邸跡
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公園内の小川
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井上馨像
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山頭火の句碑

 日本最初の教会が建てられた地へ!!

湯田温泉の白狐

湯田温泉を後にして・・・


夜に見たらちょっと怖そうな巨大キツネ像が鎮座する湯田温泉駅。温泉にも心惹かれるものがありますが、もう行かねばなりませぬ。

次なる目的地は上山口駅。そこから歩いて数分の所に、日本最初の教会が建てられた場所があるのです!!

その名は大道寺跡。現在はザビエル記念公園となっているそうです。ああ、楽しみで楽しみで、楽しみ過ぎる~ O(≧▽≦)O

聖ザビエル記念碑

ザビエル記念公園


上山口駅で下車して徒歩5分。やってきましたザビエル記念公園!!

ザビエルが大内義隆から与えられて住んだ大道寺と、日本初の教会がここにあったとされて、各方面の援助を受け造られるようになった公園です。

中央には聖ザビエル記念碑が青空を背景に高く聳えています☆

ビリヨン神父の像

ビリヨン神父の像


大道寺跡をここだと言ったのはビリヨン神父。日本のキリスト教、特にキリシタンに深い関心を寄せて、その信仰の軌跡を調べ顕彰した人です。

現在では研究が進み、大道寺の跡はここではないだろうし、日本初の教会が建てられたのも、大道寺とは別の場所だというのが通説となっています。

しかしキリシタンに光を当て、その一歩が示されたことを記念する公園を建てたこと自体に大きな意味があると思います。

だから無邪気に感動することにします!
ここにザビエルが来て、福音の歴史が始まった。ヽ(゜▽゜*)乂(*゜▽゜)ノ バンザーイ♪

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聖ザビエル記念碑
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説明板
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裁許状を刻んだ碑
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ビリヨン神父の像

トイレ目立ち過ぎです;;

トイレ&ゴミ


しかし…書くかどうか迷いましたが、思い切って書きますと。。。左の写真を見てもらったらわかるように、公園入口の碑の背後にトイレです。記念碑より存在感を発揮しています><;

しかもこの両脇、黄色いカラス避けネットで覆われたゴミ分別場と化していました。元は駐車スペースだったろうに…。感動しつつもちょっと寂しくなりました。

空いてるからゴミの分別に使おうってことになったのでしょうか? 日本初の教会とザビエルの足跡――生かせばものすごい観光資源になると思うのですが。

山口の観光課の方や山口のクリスチャンの方々に、是非いい形を考えてみてほしいです。ここを訪れるのを楽しみにして来る人もいるのですから☆

 ザビエルも歩いたんだし、歩いちゃおう♪

公園の大木

ザビエル記念公園の大木


山口にいた時のザビエルは、宣べ伝えるために毎日のように町に出かけました。

ということは、この道もあの道もザビエルが歩いたかもしれないってこと!? すごいっ☆

でも一つの宗教が栄えそうになると、当然既存の宗教は黙っていないわけで…。

2ヶ月で500人もの人が洗礼を受けるという勝利の反面、僧侶からの攻撃は激しく、その論争と嫌がらせに疲れ果てたザビエルは、頭髪が真っ白になったといいます。

公園の脇の道

ザビエルも歩いたかもしれない(?)道


しかしそんな日々をザビエルは、ヨーロッパのイエズス会会員に宛てた手紙の中でこのように書いています。

「思慮分別があり、自分の救霊にどの教えがよいか知りたがる(日本)人たちとともに苦しむ労苦は、内心に大きな喜悦をもたらすもので、山口では正にそのような体験をしました。(中略)私の生涯で、これほど霊的な満足感を受けたことは決してなかったと、本当にいうことができると思います」

ザビエルはキリスト教を伝えた人だけど、日本を愛した人でもあるんですね。

八坂神社

八坂神社


ザビエルも歩いたんだし(?)、私たちも歩いちゃおうということになり、賛美歌を歌ったりしながらてくてく足を運び、30分ほどで八坂神社に。

境内には築山神社もあります(分社っていうのかな?)。

今は神社となっていますが、ここはザビエルの来た頃には大内氏の屋敷築山館があった場所。早速中に入ってみましょう♪

本殿

八坂神社本殿


敷地は広いとも狭いともいえないくらいの大きさ。大内氏の栄華を物語るものは何もないですが、境内の端っこに築山館の遺構と伝わる土塁が残っています。

八坂神社の本殿は幕末にここに移されたものですが、建てられたのは今からざっと500年前。室町様式というのだそうで、国の重要文化財に指定されています。

京の文化にあこがれた大内弘世が、京都の八坂神社から神霊を勧請して建てたので、別名祇園社。山口祇園祭というお祭も盛大に行われているのだとか。

山口は正に、西の京だったのですね@@

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八坂神社
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本殿の説明板
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築山館の説明板
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築山館の遺構

 ザビエルが宣べ伝えていた辺り☆

西田幾多郎の旧宅

西田幾多郎とキリシタン


ザビエルが宣べ伝えた場所として、地名がわかっているのは「大殿大路」。そこに向っていたら、途中で哲学者西田幾多郎の住んでいた家を見つけました。

説明板によると、なんでもここに住んでいた時代の西田幾多郎は、キリスト教に強い関心を抱いていたのだとか。

ここに西田が暮らした時期がビリヨン神父の「大道寺跡発見」の直後で、聖書を読んで感銘を受けたことから、キリスト教に惹かれたのだそうです。

西田幾多郎というと禅のイメージがあったのですが、キリシタンが影響を及ぼしていたとは、驚きました。知るようにして下さったことに感謝です☆

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西田幾多郎旧宅
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説明板
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周辺地図

現在の大殿大路

大殿大路


現在の大殿大路は、閑静な住宅街の中の小道。他の道と見分けがつかないほど普通です。

当時の道とは違ってる可能性もありますが、それでもこの辺りだったことは確かです。

ザビエルが説教をしていた様子は…正直言って、想像しにくいです^^;

そういう人のためにでしょうか、大殿大路に面した龍福寺の参道に、大殿大路とその井戸を再現したものがあるというので、そちらへレッツゴー♪

ザビエルの井戸のある龍福寺参道

龍福寺参道


秋でもないのにうっすら紅葉している楓。龍福寺の参道は大殿大路に面していて、境内へとつながっています。

龍福寺へはこの参道を通らなくても行けるので、ここを通るのを省略してしまう人たちも多いようです。タクシーで回っている2組の観光客に会いましたが、駐車場から境内に入っていってしまいました。

しかしこの風情、省略するには惜しい気がします☆

再現されたザビエルの井戸

ザビエルの井戸


こちらがザビエルの井戸。再現されたもので、もちろん当時のものではありませんが、記念としてこういうものを作ってくれたことに感謝したいです。

お寺の参道なのに、キリスト教の意味ある場所を保護するなんて、寛容な心でなくてはできないことでしょう。ありがたいことです。

木々の梢を眺めながら、しばし休憩&お祈り。朝から張り切って歩いたので、ちょっと足が疲れたかも^^;

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井戸と楓
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ザビエルの井戸
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説明板
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再現された井戸

龍福寺

龍福寺


参道の先にある龍福寺。毛利元就の長男隆元が大内義隆の菩提を弔うために建てたお寺です。

この境内の敷地は、元々大内氏の居館大内館があった場所。歴代の大内氏当主は、ここで政務を執っていました。境内には義隆主従の供養塔などがあります。

ザビエルが義隆と会ったのは、ここだったのでしょうか? それとも先ほど訪れた築山館? 
ここを踏んだかもしれないと思うと心躍ります♪

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龍福寺の説明
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供養塔の説明
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義隆主従供養塔
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義隆辞世の句

 サビエル記念聖堂までてくてくと

維新の史跡が!

維新の史跡 十朋亭


さて次なる目的地はサビエル記念聖堂。近いとはいえないけれど、適当なバスも走っていないので、散歩がてら歩いて行くことに。

そろそろお腹もすいてきたので、食堂があったら入ろうかな…とキョロキョロしていたら、見つけたのがこの碑(←)。維新史蹟と書いてあります。

ここに高杉晋作や木戸孝允ら幕末の志士が出入していたのだとか。

山口といえば、坂本龍馬が結ばせた薩長連盟の「長」だし、明治政府の総理大臣も半分くらい長州藩出身。明治維新は本州の端っこで動き始めたんですね。

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十朋亭
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説明板

一の坂川

一の坂川


市の中心部を南北に流れる一の坂川。涼しげでステキです。昔から変わらない姿でここにあるのだとか。周囲には古い町並みも残っていて、どこか懐かしい感じがします◎

ザビエルも幕末の志士たちも、川の面を眺めてひと息ついて、心労を癒したかもしれませんね。

私はただの旅人ですが、この川が町に潤いを与えているように感じました。町が発展しても暗渠化しないで、是非この流れを残してほしいです☆

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一の坂川
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川べりの風景
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遠くには山が

日本基督教団山口信愛教会

日本基督教団 山口信愛教会


しばらく進むと日本基督教団の教会がありました。
山口信愛教会です。

なんていい場所にあるんでしょう。信徒の人たちは一の坂川の四季折々の風景の中に神様を感じながら、教会に通っているんでしょうね。

 あこがれのサビエル記念聖堂!

サビエル記念聖堂

サビエル記念聖堂


山口市役所の敷地をぐるりと回り、肉体的にはかなり疲労が溜まってきましたが、ようやく着きました、サビエル記念聖堂!

山口の観光地のひとつとなっているのか、見学者がたくさん来ています♪ 
この聖堂の名前、「ザビエル」ではなく「サビエル」ということに注目!

原語の発音に近い「サビエル」を採用したところに、山口の信徒さんたちのプライドが窺えます。私たちは「サビエル」が直接布教した地のクリスチャンだよってことですよね^^

クリスチャン記念館

クリスチャン記念館


斬新なデザインの建物で、2階が聖堂、1階はクリスチャン記念館という博物館になっています。

まずは聖堂でお祈り。館内は写真撮影不可だったので撮れませんでしたが、ステンドグラスの光が堂内を満たしていて、心静かに祈れる場となっていました。

欲を言えば、火災で焼失してしまった以前の聖堂の要素をもう少し残してほしかったような。写真で見ただけですが、和洋折衷でとても温かみのある聖堂だったので◎

山口の殉教者ダミアンの記念碑

ダミアンの碑


クリスチャン記念館の展示物には、なかなか見られないものもありました。

しかしせっかく多くの観光客や子供たちが来ているので、説明文を読まなくても心情を感じられるような映像などがあればもっといいだろうなと思いました。

庭には、2008年に列福された188人の殉教者の一人、山口のダミアンの碑や井戸の傍らで布教するザビエルの像があります。

公園の緑が目に優しく、心までほっとします♪

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ザビエル記念聖堂
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井戸端のザビエル
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説明板
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平和を祈る大聖年の鐘

休憩所になっているダミアンホール

ダミアンホール


休憩所になっているダミアンホールで飲み物を買って休憩。本が置かれていたのでパラパラしていると…。

「およっ!?」

山口のキリシタンの史跡を紹介した本に、今までノーチェックだった所が載っています。その名も善生寺。ザビエルを大内義隆に紹介した内藤下野守のお墓があるそうな。

私「行きたーい! ねね、これも導きなんじゃない?」
夫「行く時間あるの?」
私「瑠璃光寺行かなければ大丈夫だと思う◎」

予定変更。この後瑠璃光寺で国宝の五重塔を見ようと思っていましたが、山口駅に向いながら教会跡を見て回り、電車で内藤さんのお墓に向います!

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「切支丹巡礼の譜」に
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載っていた文章
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これを読んで
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予定変更しました^^

 山口の教会の跡を求めて…

教会跡に建つ本圀寺

本圀寺


山口の信徒たちが教会としていた場所は現在本圀寺、瑞坊という2つのお寺になっています。

古くからの町特有の狭い道と複雑な町割り。方向音痴の私にはお手上げだったので、夫に地図を渡して連れて行ってくれるように頼みました^^ノ

夫「ここだと思うけど…」

到着した場所は、地元民の行き交うアーケード街。そこから参道が延びてお寺につながっています。

本圀寺の門

本圀寺の門


私「思ったより間口が狭いねえ…」
夫「うん」
私「入っちゃいけないみたい」
夫「そう書いてあるね」

1588年頃この付近に教会がありました。

その頃の面影を期待していたわけではないですが、説明板にひと言もそういったことが書かれてなくて残念です。檀家さん以外はウェルカムじゃないみたいだし。仕方ないかぁ (>_<;)

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アーケード街
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きれいな参道
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本圀寺
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説明板

懐かしい感じのアーケード街

山口のアーケード街


懐かしい感じのするアーケード街で、私はこういう雰囲気が結構好きだけど、GWなのにちょっと人通りが少ないかな?

なかなか食事ができる所が見つからなくて、食べ損ねたまま午後2時半に。血糖値が下がって手が震えてきてしまいました;;

「歩いてればあるだろうから、適当に食べればいいや」っていうのは、都会の発想なんですね。山口も田舎じゃないけど、やはり人口と店の数は比例するようで。

こじゃれたイタリアンレストラン発見♪

しばらくアーケードを歩いて行くと、こじゃれたイタリアン・レストランがありました♪
やっとひと息つけます。はぁぁー。ボンゴレ
しかし脈打つような頭痛がひどくなってきて、料理が運ばれてきてもしばらく食べられませんでした><

冷たい水で頭痛薬を口に含みながら、つくづく思う己の愚かさ。こんなになるまで情熱だけで歩き回ってはいけません。
旅行中は知らず知らずのうちに疲労を溜めているものだし、しかも今日は最終日。

もうちょっとセーブしなきゃ。あなたそんなに丈夫な方じゃないんだから;;
 …などと自分に言い聞かせて反省。
 
それでもみこころのある場所だけには行かせて下さいと祈りました。ぷりーず、主よ!
  

教会跡に建つ瑞坊

瑞坊


少し頭痛も治まったので、もう一つの教会跡へと向います。商店街を抜けて歩くこと15分。瑞坊に着きました☆

やはりここにも「教会跡」との説明板はありません。しかし1604年に接収されるまでの7年間、ここに教会があり、山口の信徒たちの信仰の拠り所となっていました。

どんな人たちが、どんな会話をして教会に通っていたんだろう?

そう思った時に、浮かんできたのは笑顔でした。
ここに教会のあった頃は、もう迫害の時代に入っていたけれど、祈り賛美し、感謝して暮らしていたような気がします。私の希望も入っての想像ですけど^^

瑞坊は工事中でした

瑞坊の門


それにしても多いなと思ったのは、お寺の数。瑞坊を探すのにさんざん手間取りました。住所がこの辺だからここが瑞坊だろうと写真を撮っていると、違うお寺だったということが2回もありました^^;

普通ワンブロックにお寺って1つくらいですよね。でもこの辺りは、ワンブロックに2つも3つもあるわけで、この調子が山口駅の近くまで続いています。

大内氏が寺院を厚遇したことで、このような町が生まれたわけですが、維持が大変だろうなと思いました。

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瑞坊参道
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瑞坊の門
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瑞坊
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工事中でした

 行くぞ、善生寺!

JR山口駅

JR山口駅


ここもお寺だ、あそこもだと言いながら、JR山口駅に到着。

県庁所在地の駅だから山口で一番の繁華街なんだろうと思っていましたが、下関の方が賑やかなようです。政治の中心はこちらで、経済の中心は下関なんでしょうか?

あまり便数がないので、30分ほど待って電車に乗りました。各駅停車で1駅なのでタクシーで向うとか、歩いちゃうという手もありますが、待つのも旅のうち。しばし休息を取りました♪

穏やかに流れる椹野川

椹野川


無人の上山口駅に降り立って、東山橋を渡って向うは善生寺☆

渡っていく橋の下を見ると、流れているのは椹野(ふしの)川。山口のダミアンが殺されたとき、その遺体が捨てられた川です。

季節に彩りを与え町に潤いをもたらしているこの川に、殉教の記憶が刻まれていることを、町の人々は知っているのでしょうか?

こういうことを忘れてしまうことこそが、本当に怖いことなのではないかと思います。

善生寺の石段

善生寺への道


地図ではアップダウンがわからないので、平地にあると勝手に思っていましたが…。善生寺の入口からは、階段だけが見えています。しかもかなり急 ヾ(゜ロ゜*)!!

階段や坂道が苦手な私としては、非常に避けたいルートですが、この道しかないようです。

ああ、もうちょっと体力つけておけば良かった。毎回思う、この後悔。
学習できない自分が情けないです;;

石段から見下ろして

石段を上り終えて


「はぁーっ!私もやればできるじゃん♪」
石段を上り終えて自画自賛。

早速大内義隆にザビエルを引き合わせたという、内藤下野守のお墓を探しますが、善生寺は境内の各所を修復中のようで、案内マップがありません。

むむぅ。。。ここまで来て引き下がるわけにもいかないので、とりあえず墓地に行って墓碑を一つ一つ見て回ることに。外からみたら相当なお墓フェチですが><

善生寺の庭

善生寺の庭


ひたすら墓碑銘を読んでみましたが、どんなに探しても見つけられない内藤さんのお墓;;

しかし冷静な夫は、「こういう感じじゃないと思う。墓地のは新しいでしょ」と、私と分かれて裏山の方に。

「全然見つからないよー」と、半泣きになりながら夫を探して庭の方に行くと、池の向こう岸からひょいと顔を出した夫が、不敵な笑顔を浮かべて手招きを@@!

小さな看板発見!

池の向こうに小さな看板が


私「えっ、見つかったの!?」

喜んで近づいて行こうとしましたが、雪舟が作ったかもしれないという庭を横断して行かなければならないようです。行っちゃっていいのかな?

夫「渡っても大丈夫!」

まるでここの管理人のような顔をして言うので、素直に池を飛び石伝いに渡って向こう岸に。すると小さな看板が出ているではありませんか! これじゃわからないよー。だって庭全体が草ぼうぼうなんだもん;;

裏山を50m上ると・・・

裏山を上って


夫「なんかさー、こっちの方が怪しいなと思って山に入って行ってみたらあったの」

その嗅覚がどこで培われたのか不明ですが、結果オーライです☆ えらいよ、マイ・ハズバンド!

誰かに見せる気ゼロな看板には50m上れと書いてあり、その道も埋もれかけ。トタン板で覆ってあったりもしますが、これくらいの山道は経験済みですv( ̄ー ̄)v

のしのしのし、ざくざくざく(登る音)…
あ、あったー!!

ついに発見!内藤下野守のお墓

内藤下野守の墓


毛利輝元の側室だった女性のお墓の右手に、内藤下野守のお墓はありました。とても静かなところで、ここまでお参りに来る人はまれだろうと思います。

この人はキリスト教に好意を寄せていて、ザビエルを大内義隆に紹介して便宜を図ってもらえるようにしましたが、自らは洗礼を受けることはしませんでした。

その理由は、ザビエルの書簡に書かれています。

墓碑銘

内藤下野守という文字が


「この町には私たちに大変好意を寄せて下さる高貴な方(内藤下野守)がおられます。特にその奥方は、神の教えを広めるために、できる限りあらゆる援助を与えてくださいました。

しかし神の教えがいいものであることをいつも認めながら、決して信者になろうとしません。

なぜなら今まで自分の費用でたくさんの寺院を建立し、またボンズ(僧侶)の生活費も負担しておりますので(中略)、阿弥陀のいる極楽に導いてもらえると信じきって満足しているからです」

ザビエルの手紙の中に出てくる数少ない日本人の一人、内藤下野守。ザビエルはこの人の霊魂のために祈ったことでしょうね。

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雪舟が作った(?)庭
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庭の説明板
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小さな看板
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内藤下野守の墓
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上からみた内藤下野守墓
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輝元の側室の墓
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善生寺本堂
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本堂の説明板

 やっぱり国宝も見ておこう◎

ローカルです

電車は来ない。。。


無事内藤さんのお墓も見ることができ、時間もまだ残っているので瑠璃光寺に向おうということに♪

しかし…電車来ないです、上山口駅。朝夕以外は特に便数が少ないみたいで (×_×)

やっぱり諦めようかなーと思いかけた時に、ぴーんと霊感が!
バスで行けるかも!!(周遊券使えるし◎)

バス停に行って待っていると、7分ほどで瑠璃光寺行きのバスが到着。ああ、ステキ。その土地の人が使っている交通機関っていうのが、私はとっても好きなのです♪

瑠璃光寺の五重塔

国宝五重塔


「わわ、すごい!」

月並みですが、思わず声に出してしまいました。

立ち姿が実に端整で、一幅の絵のよう。
美しさの中に漂う凛とした風格。しばらく見とれて呆然としてしまいました。

やはり国宝ってすごいんですね。
これを見逃しては山口に来たことにならないと思いました。

もう少しで自分の興味あるところだけ行って、「食わず嫌い」ならぬ「知りもしないで帰る」になるところでした^^;

さてこの五重塔があるのは瑠璃光寺ですが、瑠璃光寺が現在の場所に移って来る前から五重塔は建っていました。

実は五重塔は、前にあった別のお寺の建物だったのです。そのお寺が廃寺となったので、他の建築物は解体されて木材となり、どこかに行ってしまいました。

しかし五重塔だけがそのまま残されて、そこに随分時間が経ってから瑠璃光寺が引っ越してきてこのようになったのです。

ザビエルも見たのかな?

ザビエルも見た(!?)五重塔


そしてこの塔が建てられたのは、1442(嘉吉2)年。
なななんと、ザビエルが来た頃にすでにあったことになるわけです!

つまり!この五重塔は国宝ですごいんですが、それにプラスしてもう一点、ザビエルが見た(いや、塔の方がザビエルを見たというべきか?)ということでも、歴史的な価値があるというわけです☆

現代人が見ても驚嘆し、魅力を感じる塔なので、ザビエルもこれを見て何かを思った可能性はあります。当時これくらい高い建物は他になかったので、町を歩く時の目印にしたかもしれませんね♪

石畳がウグイス張りって、聞いたことあります??

ウグイス張りの石畳


教会跡などを回ってみても、当時の様子を物語るものは何もなかったけれど、最後の最後になってザビエルの目に映ったものを見ることができました。

ああ、感謝。時を超えて同じものを目にしているなんて、なんとロマンがあるんでしょう。ここにも導いてもらったんだなと感じました (゜▽゜*)♪

瑠璃光寺から坂を下って行くような感じで、香山公園、洞春寺をさらっと観光。香山公園にあるウグイス張りの石畳は面白いのでおすすめです。

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緑の中の五重塔
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ウグイス張りの石畳
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洞春寺の説明板
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洞春寺本堂

旧山口県庁

旧山口県庁舎


坂道を下りきった辺りにあるのが山口県庁。隣り合うようにして、旧山口県庁舎と県会議事堂が保存されています。大正初期のデザインがステキですね。

幕末から明治にかけて活躍した長州藩が、山口県となり安定していくのを見届けてきた建物たち。
すぐそばには、高杉晋作や木戸孝允、伊藤博文らが往来した藩庁門が残されています。

山口県の観光情報サイトHPには坂本龍馬の足跡が残る地として、この門が紹介されています。龍馬ファンは必見ですね♪

藩庁門

藩庁門


藩庁門の写真を撮っていると、後ろを通過して行くバスが。

「あ、これ乗っていけば新山口駅まで一本で行けちゃうかも!」

再びぴーんときたので、バス停に行きバスルートと時刻を調べると、全てが理想的。素晴らしいです◎

やってきたJRバスに乗り込む際に周遊券を出して、使えるかどうか聞いてみたら、「使えると思いますよ」とのこと。あのう、「思いますよ」って、、、?

それでも無事乗せてもらい、新幹線駅に到着。
お弁当を買って乗り込みます♪

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県庁の外堀
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旧県庁舎の説明板
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藩庁門
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藩庁門の説明板

感謝しつつ・・・



げほげほげほーっ!!

お弁当を食べ終えるやいなや、咳き込む小さなおばちゃん(私)。
音だけ聞いたら100歳の老婆のようです。
額に手をやると、何かの間違いじゃないかと思うほどの熱さ@@茜さす空

私「やっぱり風邪かなぁ…(ぜえぜえ)」
夫「うん、そうだね(あっさり)」
私「えーっ!?」

風邪ひいたと思うとくじけるので
風邪じゃないと私に言い聞かせてきたようです;;
まったく。その通りだから、言い返せませんがっ!

しかしそのお陰で諦めずに最後まで歩けたのは確か。
4泊5日、山口を満喫しました!
この感動はきっと力に変わっていくはず☆

涙で潤むまぶたを隠して、感謝のお祈り。
そして強烈な眠気が……ごごごごご
(下りる駅まで一瞬でした^^;)


いつも思うことですが、日本っていい所、たくさんありますね。
またどこかに行けますように!
最後まで読んで下さってありがとうございます。
全てを主に感謝して♪ (o^o^o)あ(o^-^o)り(o^o^o) が(o^O^o)と(o^.^o)う♪


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